懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

【読了】ドロシー・L・セイヤーズ『ナイン・テイラーズ』創元推理文庫

あらためまして、新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 

さて皆さん、新年初読みはいかがだったでしょうか? 私が2019年の1冊目に選んだのはセイヤーズの不朽の大傑作『ナイン・テイラーズ』でした。はじめて読んだのは5年ほど前のこと。響き渡る鐘の音、大地を洗い流す水、最後の最後で明らかになる大トリック。なにもかもが衝撃的で、人生で最も好きな本のひとつになりました。それはいまも変わっていません。

 

今回、ただただなんとなくで再読しましたが、思えばこの時期に読むのにぴったりな本でした。大晦日の夜、雪深い寒村フェンチャーチ・セント・ポールで立ち往生したウィムジイ卿がその村の教会に古くからある鐘に出会うところから物語が始まります。第1章は80ページほどかけて事件の舞台となる村と登場人物の関係、そしてこの物語の主役である鐘について丁寧に語られます。この冒頭の部分から結末を暗示するような文章がでてきて、再読してみてあらためてよくできているなあと思った次第です。この大晦日の夜の闇の中で起きていた事態を思うと戦慄を禁じえません。

 

この物語にはとにかく登場人物がたくさんできてきます。そして鐘についてのウンチクもたくさん。鳴鐘術については初めて見るような日本語の概念がどんどん出てくるので少しとっつきにくいところがあるかもしれませんが、決して読みにくいわけではないと思います。セイヤーズストーリーテリングの巧さと、魅力的な登場人物のかけあいが、読み進める手をつかんで離さないかのようです。浅羽先生の訳もとても読みやすいです。

 

再読してみてまず思ったのは、最初はとても複雑に思えた事件も、実は非常にシンプルなものだったということです。単純にして明快。しかしこの事件を殺人事件として見ていくとどうしてもこんがらがってしまう。なにかトリックがあるに違いないと複雑に考えれば考えるほど真相は遠ざかる。本当に見事なプロットだと思います。第2章の最後でそもそもの間違いに気づくシーンは推理小説につきもののカタストロフを感じさせてくれます。

 

もちろんこれで終わりではありません。全体の3分の2が終わって、ここからが圧巻の解決編です。すべての勘違いが正されていき、パズルのピースがきれいにはまっていきます。しかし最後のピースが見つからない。『ナイン・テイラーズ』において残る最後の謎は殺人の方法。どうやってその死体は殺されたのか。死因だけがわからないまま、物語はさらに時を進めていきます。

 

最終章のドラマチックな展開はもう素晴らしいのひとことです。冒頭から伏線として語られていた治水事業への不安が的中しフェンチャーチの村が大洪水に見舞われます。最後のアクションシーンはウィムジイ卿シリーズ第2作『雲なす証言』なんかを思い出しますね。その洪水の直後にウィムジイ卿は真相を悟ります。死因はなんだったのか。誰が殺したのか。とてもシンプルなのにずっと盲点だったトリック。再読しても最初読んだときの衝撃はまったく薄れていませんでした。なにがそこまで衝撃だったのか。単純にトリックがわからなかったというだけではなく、そのトリックが意味するものの怖さ、不気味さ。それが衝撃だったと同時に、ここまでの長い物語はこの最後のページのためにあったのかという、パズルが完成したときの達成感のような喜びを驚異をもって感じました。見えているのに見えていない。人間の闇に潜む盲点をうまく描き出した作品として本書は横溝正史『獄門島』と似ているところがあるように思います。

 

『ナイン・テイラーズ』では名探偵ウィムジイ卿も最後の最後まで事件に、あるいは鐘に翻弄されて、真相の解明も快刀乱麻を断つかのごとくというわけにはいかず、微妙な空気が残ります。そこがまた本書の魅力でもありますね。まだなにか解明されていないものが残っているかのような不思議な謎とき。理屈では割り切れても、割り切れないなにかがある。闇に光を当てるといっそう闇が深くなるような逆説。こういう推理小説が私は大好きなんだなあとあらためて思った次第です。

ナイン・テイラーズ (創元推理文庫)

ナイン・テイラーズ (創元推理文庫)

 

 

創元推理文庫『世界推理短編傑作集3』読了

古い探偵小説が現在でも気軽に読めるというのはなんて驚異的なことだろうか。それも海外の100年近くも昔の作品が日本語で読めるというのは。

 江戸川乱歩が編んだ記念碑的アンソロジー『世界短編傑作集』のリニューアルバージョンも昨年12月に3巻までが発売となった。本巻も収録内容にいくつかの変更が加えられて年代順の配置にあらためられている。年代的には1920年代に発表されたとされる10編で構成されている。

 

帯ではクリスティ、バークリーの名前を挙げて「巨匠の代表作を集めた珠玉のアンソロジー」と宣伝されている。たしかに収録作品を見ると、フィルポッツ、クリスティ、バークリーと長編作品のオールタイム・ベストなどでもよく見かける作家が並び、ノーベル賞も受賞したアメリカ文学の巨人・ヘミングウェイの名前もある。しかしその他の作家は知名度的には一段落ちるように思う。私としても『検死審問』のワイルド、『百万長者の死』のコール夫妻はかろうじて知っていた(読んだことはまだない)が、他は全く聞いたこともなかった。そういう作家、作品に巡り会えることがこういったアンソロジーの大きな大きな意義であると思う。誰もなにもしなければ遥か昔に忘れ去られていたであろう作品が(それはクリスティやバークリーも例外ではない。現代でも高い知名度があるということは誰かか取り上げ続けているということだからだ)いまもまだ生きている。これはやはり驚異的なことである。

 

『世界推理短編傑作集』シリーズも残すところあと4巻と5巻。非常に楽しみである。

 

以下、各作品についての感想を。

 

・フィルポッツ「三死人」

私立探偵事務所所員の一人称視点で語られる事件編、捜査編の1章、2章と、所長による解決編の3章という構成の作品。とてもオーソドックスな犯人当てスタイルをとっている。序盤からいかにも探偵小説といった感じで面白い。三人の死体がいかにして出現したのか、その謎解きは探偵役の手記というかたちで語られるが、緻密に組み上げられた世界観のおかげでとてもドラマチックな結末に仕上がっている。本作を読み終わって、そこそこ長めの短編ではあるが、もっともっと長い作品を読んだような感じがした。

 

・ワイルド「堕天使の冒険」

カードゲームにおけるイカサマがテーマの作品。たしかにゲームに関する専門用語なんかは意味が取りづらいきらいはあるかもしれない(私もブリッジとかポーカーは門外漢なのでゲームの様相などはさっぱりだった)がそこがわからなくても理解できるようなトリックになっているし、なにより物語が面白い。探偵役の軽妙な語り口もいい。ギャンブルを通して描かれる人間観も興味深く、最後の小切手のクダリはその傲慢さや卑俗さも含めて好きだった。

 

・クリスティ「夜鶯荘」

もうなにも言うことはない笑。クリスティだ。めちゃくちゃ面白い。語彙力が死ぬ。とにかくこれがいちばん面白かった。好きです。

 

・ジェプスン&ユーステス「茶の葉」

とある有名な密室トリックが使われている。推理小説好きでなくとも、このパターンを知っている人は多いと思う。子供向けの漫画なんかでも出てきたし。このトリックの初出はどこなんだろうかってところがとにかく気になる。時代背景などを考えると、当時はおそらくかなり新しいトリックだったのではないだろうか。その時代に読んでいたら全く違った感じを受けたんだろうなぁ。

 

・ウィン「キプロスの蜂」

医学者探偵の古典といえばソーンダイク博士ものがやはりまずは頭に浮かぶが、本作の探偵役も同様のキャラクターで、謎解きの流れなんかも似ているタイプのように思う。たしかに論理的ではあるがその他の可能性をあまりにも簡単に無視してるとしか思えない展開とか。ある意味きれいすぎるこういうタイプのプロットは個人的に好きじゃない。

 

・ロバーツ「イギリス製濾過器

このトリックは面白い。実際にこれをやっているところを想像するとなおさら面白い。飛び道具を使うタイプの密室は多くあるが、こんなのアリ? でもこういうの大好き。現代でも通じるようなアカデミックの世界への批判となっているストーリーもなかなかよかった。

 

ヘミングウェイ「殺人者」

ハメットやチャンドラー、後にハードボイルドと呼ばれるジャンルの源流となったとされるヘミングウェイ。黒ずくめの男というキャラの原型はここのあるらしい。とても短い作品で登場人物の背景などは詳しく描かれないが、まるで劇でも見ているような感じで情景がありありと浮かぶ。これは原文のリズムで読みたいとも思う。

 

・コール夫妻「窓のふくろう」

ある意味このトリックは現代の読者にはとてもわかりづらいように思う。前述のカードゲーム以上に。だってこの時代の電話がどんなだったかって知らんわ。殺害の状況はなんとなくわかったが、やはり詳細に目に浮かぶとまではいかなかった。しかしこの殺害のトリックよりも、本作のタイトルにもなっているキーワード、状況のトリックの方がメインだろう。見えているのに見えていない。このタイプのトリック、大好き。

 

・レドマン「完全犯罪」

物語の冒頭から「世界で最も偉大な」探偵が出てくるという、ちょっとブチ上げすぎじゃない? って設定からすでにトリックは始まっている。完全犯罪はいかにして達成しうるかという議論から物語は始まり、この世界で最も偉大な探偵が手がけた事件に話が移り、なんとも皮肉な展開を見せる。短いながらも効果的などんでん返しと微妙な謎が残る終わり方。とても面白かった。

 

・バークリー「偶然の審判」

ご存知『毒入りチョコレート事件』のプロトタイプ。これだけ読むとシェリンガムがわりとしっかり名探偵をしているのでちょっと腑に落ちないところはある(そこか?)。『毒入りチョコレート事件』を読んだのはもう随分と昔のことなのであまりよく覚えていないがこの短編のトリックは覚えていた。長編版も再読したいところ。

 

 

新春おみくじガチャ2019【オンエア・エムステ・FGO】

あけましておめでとうございます。今年の目標はもう少し更新頻度を上げる、というのはちょっとハードルが高いので、更新が途絶えることのないように続けていきたい所存です。そっちこそハードルが高いのかもしれない(?)ですが、本年もよろしくお願い申し上げます。

 

正月といえば、おみくじあるいは福袋、なにかと運を試される機会が多いもので、ソシャゲ界隈でも例に漏れず、年が明けると同時にキャンペーンが始まるのがすっかり定着して恒例となった印象。やっぱりね、運試ししたいからね。そんなところへ確定ガチャとか最初の10連半額とかしてくれたら回すしかないわけで。ただどこのソシャゲもそんな感じだから割引率が渋いと回す気にならないというのもあったり、あんスタくんとかあんスタくんとかあんスタくんとか。以下、各ソシャゲの初ガチャの結果。

 

FGO、今年の福袋は限定SSR確定の闇鍋ガチャ。個人的にはこの仕様はとてもありがたい。クラス別とか地味に縛りがあるとほしい鯖に対する期待が高まる分ハズれたときの反動が痛いから闇鍋でいいのです。闇鍋で。それでもちゃんとお朕朕ランド引くからね。

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はい、結果は謎のヒロインXでした。未所持鯖でよかった本当に。まだ引けてないお朕朕ランドはCBCで引くからね。大丈夫、問題ない。

 

 次いで、オンエア! 年明けと同時に始まったジュエルパーティースカウト、いわゆるひとつのステップアップガチャというやつですね。最初の10連は半額で30連目、50連目でSSR確定。無償星でも回せるのがありがたい。そしてしれっと限定カードが復刻してるのはもっとありがたい。

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最初の10連でいきなり恒常SSR葵。幸先いいスタート。しかし20連目は案の定爆死。そりゃね、次が確定だからね。で、

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30連目の確定枠は限定SSRみやくんかわいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

山登りイベのときは引けなかったから本当に嬉しい。これは大吉ですわ。

 

エムステくんは新春ガシャと限定復刻ステップアップがお正月キャンペーンの2本柱。新春ガシャは1連につき1枚もらえる交換券を集めて景品と換えるシステム。ただ星の割引はないし、景品もイマイチなのでこれはスルー。限定復刻を1周できるだけの星は貯まっていたのでこちらを。

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で、スクショ取るのを盛大にミスったので上の左から4枚が限定復刻ステップアップ40連までで出てきた未入手カード。クリス先生は恒常だが他3枚は限定カード。なかなかいい結果では。中吉ってところ。

 

そしてあんスタくん。お正月は相変わらず渋いですね。いつものこと。おみくじ大吉で星5確率2倍というのがあるけど、正直そんなにうまくないんだよなぁ。ここで散財してしまうと数ヶ月後の周年で痛い目にあうので温存ですね。今年は大型アップデートも控えてるし、ガチャに関してはそのタイミングでなにかありそう。ということで、最後に今日のおみくじの結果。無難に中吉。全体的に見てもそんなところでしょうか。

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【読書】今年読んだ本を振り返る【2018】

自分のなかでのコミケも終わって、いよいよ年の瀬、長かった2018年もそろそろカーテン・フォール。なにかと振り返ることが多い時期ですが、自分の場合はやはり読書。今年はなにを読んだっけか。正直いうともうほとんど覚えてません。読んだはしから忘れていくのが読書なのだから当然っちゃ当然ですね。それでも強烈な印象を残した本が今年もたくさんありました。その辺を中心に今年読んだ本を振り返っていきたい。
 
さて、そもそも今年読んだ本のタイトルをすべて覚えているかといえば、そんなわけがなく、そんなときに重宝するのが読書メーターさん。今年も本当にお世話になりました。管理人のアカウントはこちら→ https://bookmeter.com/users/96534
 
で、読書メーターの記録によると、自分が今年読んだ本は合計70冊。分冊本もいくらかあるので作品数でいえばもう少し減る印象。とはいえ長編も含んだアンソロジーなどもいくらか読んでいるのでもしかしたら増えるかもしれない。ま、どう数えるのは置いておいて、きりがよいので70冊ってところで。
 
だいたいにおいて人間の記憶ってやつは古いものから薄れていく。だからある期間のことを振り返るとなると、最初の方のことは印象としても薄い。やはりよく覚えているのは近くのことで、ここ最近は読書数ががっつり減っていたから、この70冊の大半は今年の前半に集中していることになるのは間違いないところ。そう思うと、70冊という数字は思った以上に読んでいたなぁという印象になる。けれど後半読めなかったから、もっと読めたはずなのにという印象にもなる。なんとも微妙なところ。
 
70冊の中身を見ると、9割5分くらいが推理小説である。あとはSFとか。たしかに普段からミステリを読むことが多いけれど、これほど偏った年はなかったかもしれない。図らずも2018年はミステリの年になったようだった。ただ、読んだ作品は古いものばかりで、新作はひとつもなかった。
 
作者別で見ると、横溝正史がいちばん多くて11冊。次いで二階堂黎人の7冊。飛び抜けているのはこのおふたりで、その他は広く浅くといった感じ。
 
具体的に作品名を挙げていきましょう。今年新しく読んだ本のなかでとりわけ印象に残っているものは以下の通り。
 
殊能将之『キマイラの新しい城』
島田一男『古墳殺人事件』
詠坂雄二『遠海事件』
法月綸太郎『ノックス・マシン』
小栗虫太郎『人外魔境』
麻耶雄嵩『螢』
小松左京『継ぐのは誰か?』
太田忠司『月光亭事件』
カーター・ディクスン『九人と死で十人だ』
ジョン・ウィンダム『トリフィド時代』
エラリー・クイーン『シャム双子の謎』
アントニイ・バークリー『ジャンピング・ジェニイ』
ドロシー・セイヤーズ『殺人は広告する』
 
このあたりでしょうか。いずれも過去の名作ばかりで満を持しての読了といったところ。どれをとっても最高に面白かったが、いちばんを選ぶのならアントニイ・バークリー『ジャンピング・ジェニイ』。探偵役が事件を揉み消そうとする言語道断なブラックミステリー笑。やはりバークリーの作風は大好きです。迷探偵シェリンガムのキャラクターも大好き。
 
 
今年は昔読んだ本を再読することも多かった。再読本は以下。
 
中井英夫『虚無への供物』
横溝正史『獄門島』『夜歩く』
高木彬光『刺青殺人事件』
坂口安吾『不連続殺人事件』
創元推理文庫『世界短編傑作集』の新版『世界推理短編傑作集』
 
いずれも説明不要の傑作ばかり。あらためて読んでみて初読時以上の衝撃を受けたように思う。単純に物語として面白いというだけでなく、推理小説としていかによくできているかとか、また違った視点で読むことができて楽しかった。
 
思うにやはり読書とは人生そのものであるということ。人の記憶はあいまいで感情や印象に左右される。本そのものは紙に刷られたインクの染みなのだから劣化はあっても手を加えない限り勝手に変わるものではない。しかし読む方の人間は変わる。年を経るに従っていろんなことを経験して知識の量も増えて感じ方なんかも変わる。そうなると読書も変わる。本そのものは変わらないはずなのに同じ本は二度と読めない。だから読書は面白いし、死ぬまでやめるわけにはいかないと、本当にそう思います。
 
今年も残すところあと1日。もう1冊くらいは読めそうだ。そうなると今年は71冊ということになる。さて、来年は何冊読めるだろう。少しでも積読を崩せるように善処したいです。
 

コミックマーケット95にサークル参加してました。

冬ですね。冬といえばコミケですね。
平成最後のコミケ、おつかれさまでした。
 
前回から更新が途絶えていたのは概ね管理人の怠惰なせいでありますが、冬コミの原稿に追われていたせいでもありました。
過去形です。コミックマーケット95にサークル参加してました。こういうのは前もって宣伝するべきでありますが、めんどくさかったため、原稿で力尽きていたためブログを更新する気力がなかったのです。
 
今回出した本はオリジナルの青春小説です。少年同士の友情やら恋愛やらがメインのラノベちっくなものです。久しぶりにわりとしっかり小説を書いたのですが、やはり楽しいものですね。めちゃくちゃしんどいものでもありますが。
 
思えば、はじめて小説を書いたのはもう10年以上も昔のことになります。それ以来、書きたいものだけがたまりにたまって、なにひとつかたちにすることができませんでした。生来の完璧主義的な気質が見事に裏目ってるパターンですね。なので今回は作品の完成を目指さず、とにかくできたところまでで本を出す、これだけを目標にやってみたら、なんとか本を出すことはできました。デザインやらなんやらは最低限読めるだけのもので、普通紙にコピって綴じただけのものですが、それでも紙の本ができたというのはやはり感慨深いものがありました。
 
なにもできないまま無為に時間だけが過ぎていくよりはよかったのではないかと思います。なにげに同人イベントで本を出すのははじめてで、はじめてだからこそちゃんとしたものを作りたい、と思っていると絶対に本は出ない、だからこれでよかったのだと思います。
 
今回出した本の中身はまだまだ書きかけのものなのでまた機会を改めて完結版を出したいところです。まだまだやりたいことは尽きない、にもかかわらずもう随分と人生の時間を無駄にしてきたし、それはたぶんこれからもなかなか変わらないとは思うけれど、少しずつやれることをやっていきたいと思います。
 
冬の新刊についての覚書
・使用ソフトはAdobe InDesign CC 2019
・本のサイズはA5よりちょっと小さい(194mm x 140mm)
・本文は2段組、20字×22行
・印刷、製本は秋葉原製作所さんにて
・紙はコンビニの印刷機とかと同じやつ
・中綴じ40ページ
 
今回インデザインを使ってみて気づいたのはデフォルトの設定だけでは思ったような文字組みができないということ。そこまでいじってる余裕が今回はなかったのですが、次回は文字組みの設定もいじってみたいところです。あと表紙とかもうちょっと頑張る。
 
あらためて、冬コミ、そして2018年、ありがとうございました。
来年もよろしくお願い申し上げます。

坂口安吾『不連続殺人事件』(新潮文庫)読了

 

※本稿には『不連続殺人事件』のネタバレが含まれる可能性があります。注意散漫の状態では読まれないことをオススメします。

 

3回目くらいの読了、だと思われる。私の記憶に間違いがなければ。

 

初めて読んだのはたしか角川文庫版で、読書メーターの記録によると5年半ほど前の日付で読了となっている。しかし、その後、少なくとも青空文庫で1回は通しで読んだ記憶がある。青空文庫は思い出したときに、思い返したいときに、あるいはなんとなく手持ち無沙汰のときに、眠れない夜に、などなど適当な理由をつけて拾い読みしたりするものなので、複数回読んでいる計算になるかもしれない。ちなみに青空文庫に掲載されている『不連続殺人事件』はちくま文庫坂口安吾全集を底本としている。角川文庫版の底本はなんだったか……。いま手元に角川文庫版が見当たらないので確認できなかった。

 

今回の新潮文庫版は創元推理文庫「日本探偵小説全集」の「坂口安吾集」を底本としているとのこと。そして『不連続殺人事件』だけでなく、珠玉の短編「アンゴウ」も併録している。巻末には戸川安宣氏と北村薫先生の対談、これも必読である。現時点における『不連続殺人事件』はこれで読むべし、と言っても過言ではない作品となっている。

 

正直言うと、私はそこまで小説を何回も繰り返し読む方ではない。好きで好きでたまらない本でも3回以上読んだものとなると少ない。2回目を読んだものもやはり多くはない。いくつか例を挙げると、中井英夫『虚無への供物』、京極夏彦『絡新婦の理』、麻耶雄嵩『翼ある闇』、笠井潔『バイバイ、エンジェル』、横溝正史『獄門島』、ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』、モーリス・ルブラン『奇岩城』などだろうか、複数回読んだものは。坂口安吾『不連続殺人事件』はこれらに連なるものである。率直に言うと、好きで好きでたまらない作品のひとつだ。

 

『不連続殺人事件』は1947年から翌48年にかけて雑誌「日本小説」に連載され、同48年末に単行本が発売、第2回探偵作家クラブ賞(現在の推理作家協会賞)長編賞を受賞している。第2回探偵作家クラブ賞の長編部門と言えば、高木彬光『刺青殺人事件』、横溝正史『獄門島』、木々高太郎『三面鏡の恐怖』が他の候補で、これらを抑えての受賞であるからして、もういかにヤヴァイかという話である。

 

中身については、もうなにもいうことはない(爆)。読めばわかる。最高である。初読のときは、のっけから登場人物がたくさんたくさん出てきて、しかも探偵小説のお約束的に、その関係性がもつれにもつれているから、なんともわけがわからないというか、覚えているのがひと苦労というか、とっつきにくい印象だったように記憶しているけれど、改めて読んでみると、とてもよくまとまっている第1章だと思う。タイトルの通り、まさに「俗悪千万な人間関係」。本作のトリックそのものといえる"人間関係"が余すところなく描かれている。

 

推理小説というジャンルに対する批判としてたまによく見かけるやつがある。推理小説は再読に耐えない、というやつである。推理小説というものは、だれそれが犯人であるとか、どういうトリックが使われているとか、いわばそういうネタが全てであって、それがわかってしまっている状態では読むに値しないというやつである。ハッキリ言って、ナンセンスにもほどがある。ネタがわかって読む推理小説ほど面白い小説はない。もちろん、なにも知らない状態で読む1回目の感動はやはりなにものにも代えがたいものではあるが、ネタを知ってまた最初から読むと、見落としていた伏線に気づいたり、作者はどうやってトリックを仕掛けてきているのかとか、前例となるような作品の影響を受けているのだろうかとか、いやいやそうではないのだろうかとか、いろんな妄想を暴走させながら読むことができる。再読までの期間が開けば、自分も年齢を重ねて、他にもいろんなものを読んで、以前とは読み方も変わっているだろう。1粒で2度も3度も4度も美味しい。よくできた推理小説ほど読めば読むほど味が出てくる、魔法のガムみたいなものである。

 

私も初めて『不連続殺人事件』を読んだときはまだそれほどたくさん推理小説を読んではいなかった。いまもそれほどの読書量ではないけれど、あの頃よりもちょっとはいろいろ読んでから読む本作は本当にいろいろと気づくところが多く、なによりもめちゃくちゃ面白い。犯人もトリックも知っていてなんでこんなに面白いのか。

 

本作の紹介において必ず用いられる「心理の足跡」というフレーズ。まさに本作のテーマでありメイントリックであるところの心理の足跡。ここに答えがあるということは、裏表紙の紹介文を読むまでもなく、作品の冒頭においても明確に示されている。

我々文学者にとっては人間は不可解なもの、人間の心理の迷路は永遠に無限の錯雑に終るべきもので、だから文学も在りうるのだが、奴にとっての人間の心は常にハッキリ割り切られる。

坂口安吾『不連続殺人事件』新潮文庫(2018), p36

ここでいう"奴"とは巨勢博士のこと。第2章「意外な奴ばかり」において登場する本作の探偵役・巨勢博士について書かれたこの1文こそまさに重大なヒントである。そして推理小説というジャンルそのものについての作者の見解もこの1文には含まれていると考えることもできるように思われる。いわゆる、推理小説=ゲーム論というやつである。

 

その、推理小説におけるトリック。例えば、なにかしら物理的な方法を用いて密室を作ったのだとか、あえて人目につくような奇矯な行動をしてアリバイ工作をしたのだとか、いささか食傷気味なそういうトリックに終始するようなミステリが、おそらく坂口安吾は嫌だったのではないだろうか。上記の引用にもあるように、錯雑たるべき人間の心理も「ハッキリ割り切られ」ないことには犯人当てゲームとしての推理小説は成立しない。だから、なんでそんなめんどいことしたん? って思ってしまうような納得感に乏しいトリックであっても、論理的に解くことができるのなら、推理小説としては全然成立する。しかし『不連続殺人事件』においては割り切れそうもない人間心理がテーマである。論理と心理。対立しそうなふたつの概念であるが、心理にも論理がある。人間心理の理屈がある。こういった状況では人間はこういった心理状態に置かれて、こういった行動をするだろう。そういった理屈がある。人間そのものを不可解なものとして、その多様な側面を描く文学もあるだろうけれど、本作においては人間心理の論理を逆手に取って人間を描ききっている。

 

第24章で巨勢博士が帰還し、事件の真相を語り始める。以降が本作の解決編となるわけだが、改めて読んでみて、もう感涙に耐えないといったところである。本作においては横溝正史八つ墓村』ばりに人が死んでいるので、個々の事件のトリックについてもいちいち唸らされずにはいられないのだが、やはり第27章「心理の足跡」、ここの巨勢博士の語りは何回読んでも度肝を抜かれる思いがする。

 

 

※改めて注意喚起、ネタバレが嫌いな人は回れ右。サア、オイチ、二、オイチ、二。

 

 

 『不連続殺人事件』におけるメイントリック。それが例えば殺害の方法であるとか、密室の方法であるとか、アリバイ工作であるとか、ではなく、作中におけるとあるシーン、ほんのささいなエピソード、それそのものの必然性に置かれているところが、本当に素晴らしい。本当の本当に最高。初めて読んだときもやはりここで死ぬほどビックリしたのを、これはハッキリと覚えている。

 

物語というものにはある種の型式がある。こういう場面ではこういう展開をする、というようなお約束がある。王道と呼ばれるものがそうである。アニメや漫画や映画やドラマや演劇や小説や、いろんな物語に触れている人であれば、意識的か、無意識的か、スッと納得できる物語のパターンというものは体得しているはずである。やはり面白い物語というものはこの王道パターンをしっかり踏まえているものが多いように思う。『不連続殺人事件』における「心理の足跡」のトリックはこの王道パターンを逆手に取ったトリックであるようにも思う。

 

あやかさんがあの場面で味方のいない戸外へ逃げ出す。巨勢博士に説得されるとたしかに不自然な行動である。しかし、物語としては、敵に襲われて脱兎の如く逃げ出すというのは、いかにもありそうな場面である。その行動だけに着目するのであれば、物語の上ではあまり違和感のない場面とも読める。さらに深読みするならば、物語を盛り上げるために、あえて作者はあやかさんにそういった行動を取らせたのだ、と読むこともできるだろう。果たして、作者が、読者がそういった読みをすることまで想定して書いたのかどうかはわからないが、あの不自然な場面を、至極当然のように描いた作者の力量に感動せざるを得ない。

 

そしてクライマックス。これまで最悪の人格(?)として描かれてきたピカ一氏の変身である。最後2頁のピカ一の台詞はもう涙なしには読めない。これぞ名犯人。まさに本作の主役である。犯人が自殺して終わる推理小説はたくさんある。前時代的な勧善懲悪に終始するような、いささかウンザリする作品もたくさんある。

バカだったよ。死ぬ必要はなかったのだ。待合のオカミや女中ごときが現れたところで、それが何物でもないではないか。そんな証拠を吹きとばすぐらい、それぐらいの智恵をオレに信じてくれてもよかったじゃないか。

坂口安吾『不連続殺人事件』新潮文庫(2018), p358 

 どれほどの証拠であれば犯人であると確定できるのだろうか。やはり納得感に乏しい作品はたくさんある中で、このピカ一の台詞はそういった推理小説へのアンチテーゼでもあるように思う。それでもなお、彼が自殺を選ばざるを得ないのは、愛する者の後を追うという、究極の愛、その幻想、そして絶望に尽きる。こんなの、泣くしかないやん。生きてほしかったって。

 

テキトウなことを述べるのならば、あやかさんが自殺せず、ピカ一が巨勢博士の推理をひっくり返していたらどうなっていたのだろうか、そんな妄想は尽きることがない。そんな世界線も読みたい。こんな悪趣味な読者の感想を聞いたら、天国の安吾先生はどう思うだろうか?

 

不連続殺人事件 (新潮文庫)

不連続殺人事件 (新潮文庫)

 

 

第59回東京名物神田古本まつりに行ってきた。

前回の記事の続きのようなものですね。ブックフェスティバルの裏でも開催されていた古本まつり。こちらは開催期間も長くて10月末からおとといの日曜日まで約1週間やっていたもの。ブックフェスティバルに行ったときは古本まつりを見て回る(金銭的な)余裕がなかったので、改めて日曜日、古本まつりの最終日に行ってきました。

 

今回の古本まつり、なかなか天候にも恵まれて初日からずっと雨は降らなかったみたいですが、残念ながらこの日は昼過ぎからぱらぱらと雨模様。靖国通り沿いで露天でのイベント、もちろん紙の本に水は天敵。土砂降りみたいにならなかっただけよかったといったところでしょうか。

 

さて、戦利品は以下のとおり。

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いや、ほんと、欲しいものばかり見つかって嬉しい限りです。

 

偕成社のアルセーヌ・ルパン全集別巻1『女探偵ドロテ』。偕成社の全集はそもそも定価が高いものでもなく古本でも安く手に入るものが多いですが、この巻はなぜかアマゾン先生で調べると4kを超えるという高騰ぶり。こういう地味に高くなっているものはネットじゃなくてリアルで探した方がいいですね。

 

山本周五郎探偵小説全集1巻は少年探偵・春田龍介ものの選集。これもずっと欲しかったもの。少年探偵と言われたら読まずにはいられないですね。どんなものか楽しみです。

 

アイラ・レヴィン『死の接吻』。言わずと知れたオールタイム・ベスト級の傑作中の傑作。新装版が出ていたとは知らなかったです。なんか表紙が読んだやつと違う! と思って衝動買い。そのうち再読しようと思ってもいたのでちょうどよかったです。

 

山田風太郎作品ってなにげに読んだことないんですよね。面白そうなのがたくさんあってどこから手をつけようかと思っていましたが、光文社文庫の傑作選1巻が見つかったのでキミにきめた! 探偵作家クラブ賞受賞作をはじめとした本格物の選集とのことなので入門編にはちょうどよさそうです。

 

天城一の密室犯罪学教程』。タイトルからして悪趣味な探偵小説愛好家向けの香りがプンプン臭ってきますね。戦後すぐのころに雑誌「宝石」などで掲載されていた作家で、しかし単行本が長らく出ておらず、デビューから57年を経てようやく刊行された初単行本とのこと。まさに幻の探偵小説作家。こちらも楽しみ。

 

『スコッチウイスキーの歴史』。これだけ小説じゃなくて研究書です。ふと目について、めちゃくちゃ安かったので(アマゾン価格の2割くらい)衝動買い。おそらく、日本語で読めるスコッチウイスキーの本の中では最も内容が濃いものだと思われます。蒸留所の一覧や年別の製造量などの資料が半端じゃなく豊富です。読むのは大変そうだけど。