懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

鮎川哲也『ペトロフ事件』、読了。

 戦後本格推理小説の巨匠、鮎川哲也先生の長編第1作目にして鬼貫警部初登場作品。戦前の満州国、そして南満州鉄道が舞台のアリバイ崩しを主眼としたミステリーです。私自身、鬼貫警部シリーズは『黒いトランク』『憎悪の化石』『黒い白鳥』の3作を読んだことがあるだけなので、本作の舞台の時代背景が戦前でしかも満州という設定に少し驚きました。調べてみると、鮎川哲也先生、幼少期を満州は大連で過ごしたみたいで、その頃の経験を反映した作品なのかもしれませんね。作中での情景描写もなかなか細密で、全て想像で書き上げられているとは思えないくらい。遙かなる満州追体験しているような気分になれます。

ペトロフ事件 鬼貫警部事件簿―鮎川哲也コレクション (光文社文庫)

ペトロフ事件 鬼貫警部事件簿―鮎川哲也コレクション (光文社文庫)

 

  館ものの推理小説には建物の見取り図がついているように、アリバイ崩しものなら時刻表と路線図は必須アイテム。今回読んだ光文社文庫版には南満州鉄道の路線図と時刻表、それに大連とハルビンの市街図が付録されています。もうこれだけで旅をしているように気になれますね。

 とある金満家のロシア人殺害事件の謎。容疑者は被害者の親族で、もちろん動機は金。容疑者全員に動機あり、しかし同時にアリバイも完璧。さて、これをいかにして看破するか。あらすじは王道中の王道。悪趣味な探偵小説愛好家ならば、あのパターンであるか、このパターンであるかと際限なく妄想を繰り広げることになること請け合い。

 本作の特徴は、アリバイ工作というトリックの裏をかいてくるものであるところでしょうか。露骨に見えるアリバイ工作と偶然性の問題。なにげない証言に事件の本質が潜んでいたり。犯人の意外性も申し分なく、ミスリードのお手本のような作品だと思います。とてもとても面白かったです。