懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

マージェリー・アリンガム『ホワイトコテージの殺人』読了

先日、高円寺のとある古本屋で雑誌「現代思想」1995年2月号【特集】メタ・ミステリーというのを見つけて衝動買いした。単に古いもので安かったからというのもある。しかし特集の内容に惹かれたというのがやはり大きい。笠井潔先生と木田元先生のミステリ談義や大森荘蔵先生、巽孝之先生、法月綸太郎先生などなど錚々たる面々のミステリ論が掲載されている。もう20年以上前の本ではあるが今読んでも面白いことは間違いない。

 

さて、今回読了したものは創元推理文庫から刊行されたマージェリー・アリンガム『ホワイトコテージの殺人』である。

ホワイトコテージの殺人 (創元推理文庫)

ホワイトコテージの殺人 (創元推理文庫)

 

 マージェリー・アリンガムという作家については、近年、同じく創元推理文庫から「キャンピオン氏の事件簿」という短編集が刊行されていて、再び脚光を浴びている作家ではあろう。彼女が活躍した時期はいわゆる推理小説の黄金時代の半ば1920年代後半から30年代。そして戦後50年代、60年代と、その死まで作品を発表されている。

 

創元推理文庫のカバーの作者紹介によると「アガサ・クリスティらと並び英国四大女流作家と称され」たらしい。なるほど、四大女流作家。そう言われるとクリスティ、セイヤーズはすぐに出てくるが、あとふたりは……。私はつい最近までマージェリー・アリンガムという作家の存在は寡聞にして知らず。もうひとりについては何をか言わんや。今回調べてみて英国女流推理作家"ビッグ4"のもうひとりナイオ・マーシュについて知ったのでそのうち読んでみたいところ。

 

ネット上で情報を調べるときに一番重宝しているサイトと言えばやはりウィキペディア先生である。推理小説関係の情報もまずはここで勉強したりしたものである。しかし日本語版ウィキペディアの「推理小説」の頁においてはマージェリー・アリンガムの名前は載っていない。「本格派推理小説」の頁にはあまり目立たないが言及されている。おそらくこれを見逃していたのだろう。ちなみにマージェリー・アリンガム個別の頁はちゃんと存在している。

 

私がマージェリー・アリンガムの存在を知ったのは英語版のウィキペディアを読んでいたときだった。日本語版のウィキペディアだとそもそも推理小説の黄金時代について個別に書かれた頁が存在しない(たぶん)。しかし英語版だとGolden Age of Detective Fictionという個別の頁がある。素晴らしいですね。まぁ、そもそも海外のものなんだから英語で調べた方が情報量が多いのは当然と言えば当然だが。で、ここで代表的な作家として頁の上の方に挙げられていて目に留まったという次第。

 

はい、前置きが長くていけない。本書『ホワイトコテージの殺人』はマージェリー・アリンガムの初長編作品で1928年に刊行されている。つまりクリスティやセイヤーズの後輩にあたり、黄金時代の代表選手、クイーンやカーより1、2年早いデビューということになる。

 

英国田園派推理小説という言葉をどこで見たのかは忘れてしまったけれど、英国田園小説とか田園ミステリとか、いろんな人にいろんな言われ方をされているらしい作品たちがある。代表的なところでは『赤毛のレドメイン家』などのフィルポッツの作品だろうか。英国の伝統的な、古き良き、懐かしき、風光明媚な田園風景が印象的な作品。この時代のミステリにもそういうのをたまによく見かけるように思う。『ホワイトコテージの殺人』はまさにそういう英国の、現代人にとっては幻想的ですらある、田園風景を舞台に幕を開ける。

 

長閑な村に佇む白亜荘=ホワイトコテージにて隣家の主人が射殺体で発見される。しかしこの被害者、尋常じゃない嫌われ者で、殺されたところで誰も同情しないどころか誰もがその死を大っぴらに喜ぶという始末。つまり容疑者全員に動機ありという厄介な状況。状況証拠だけは揃いも揃っているのに確たる物証が皆無。この謎に挑むのはワトソン役であるジェリー・チャロナー青年と探偵役は彼の父親でヤードの主任警部、人呼んで"猟犬"チャロナーことW・Tのふたりである。

 

事件の謎はこじれにこじれ、もつれにもつれて、英国から海を隔てたパリへ舞台を移す。ここで犯罪組織やらなんやらが関わってくるのはちょっと蛇足の感もなくはない。エンタメ的には面白いけれど。しかし容疑者ひとりひとりが殺人を犯す状況になかったことが様々な間接的な証拠や証言から明らかになっていくプロットは見事。そしてついに容疑者候補がいなくなって……。

 

この事件の犯人像についてはおそらく好き嫌いがわかれそうな気がするが、私はこういう作品大好き。フーダニットとしても申し分なし。解説にもあるように、推理の決め手が明示されていないところはアンフェアかもしれないが、犯人を当てることは充分に可能ではある。とても面白かった。アリンガム女史の他の作品も読んでいきたいものである。