懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

ドロシー・L・セイヤーズ『殺人は広告する』読了

ちょうど1年ほど前に『ピーター卿の事件簿』の新版が発売されたことはまだまだ記憶に新しい。ピーター・ウィムジイ卿シリーズの長編は90年代半ばから00年代初頭にかけて10作目までが創元推理文庫で出され、最終作とされる『忙しい蜜月旅行』だけはハヤカワ文庫に入っている。シリーズ中の傑作『ナイン・テイラーズ』だけはアマゾン先生で検索しても新品がヒットするが、他の長編は全て中古が出てくるばかり。おそらく絶版状態なのだろう。なんてもったいない。是非とも版を重ねてほしいものである。

 

個人的にウィムジイ卿シリーズは古典の中ではルブランのルパンシリーズと並んで最も好きなシリーズである。キャラクター、ユーモアセンス、人間ドラマ、アクション、トリック。どれをとっても最上級。いまのところ『誰の死体?』『雲なす証言』『毒を食らわば』『ナイン・テイラーズ』とつまみ読みしていてどれもこれもハズレなし。『ナイン・テイラーズ』はマイベスト10、いや、5に入れるくらい大好き。

殺人は広告する (創元推理文庫)

殺人は広告する (創元推理文庫)

 

 さて、今回読了したのはウィムジイ卿シリーズの第8長編。舞台は広告代理店。謎めいた新入社員デス・ブリードン氏が社内で発生した不審死とその背後に隠された秘密を追いかける。もちろん、このブリードンなる人物は本名がピーター・デス・ブリードン・ウィムジイ卿である貴族探偵のいわば変装で、本作ではウィムジイ卿は1人2役で探偵をするという趣向。

 

もともと、作者のセイヤーズは広告代理店に勤めていたという経歴の持ち主らしく、本作で登場するピム広報社の忙しくも賑やかで波瀾万丈に満ちた描写はとても真に迫っているように思う。生まれついての貴族であるウィムジイ卿がサラリーマンをするというギャップもとてもいい。社内の人間関係や力関係がユーモアたっぷりに描かれるのでところどころ爆笑必至。最後まで飽きさせない筆力はさすがですね。セイヤーズ作品はキャラクターの魅力が素晴らしいが、本作の登場キャラではジンジャー・ジョーがとても好きだった。個人的には防衛部シリーズの箱根有基で脳内再生されてました。絶対美少年だよ、この子。

 

殺人は広告する。読み終わってみるとこの面白いタイトルについてもいろいろと考えさせられる。「金のために嘘をつくこと」が広告の本質であるとウィムジイ卿は語る。広告とはあの手この手で商品を飾り立てて消費者を騙すもの。本作中のウィムジイ卿はブリードンの名を騙り人々を欺き、さらにその1人2役を巧みに操って博打をうつ。ウィムジイ卿自身がある種の広告となるような展開はなかなか面白い。そして、殺人。「広告にも少しは真実がある」とウィムジイ卿は言う。探偵小説における殺人も似たようなものではないかと思う。あの手この手で偽装工作、隠蔽工作が施され、あるいは施されたかのように見える殺人状況。それは見る者の多くを騙す広告のようなもの。そしてわずかばかりの証拠が真犯人を声高に宣伝しているもの。本作のタイトルにそんな意味を読むのは深読みのしすぎだろうか?