懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

創元推理文庫『世界推理短編傑作集3』読了

古い探偵小説が現在でも気軽に読めるというのはなんて驚異的なことだろうか。それも海外の100年近くも昔の作品が日本語で読めるというのは。

 江戸川乱歩が編んだ記念碑的アンソロジー『世界短編傑作集』のリニューアルバージョンも昨年12月に3巻までが発売となった。本巻も収録内容にいくつかの変更が加えられて年代順の配置にあらためられている。年代的には1920年代に発表されたとされる10編で構成されている。

 

帯ではクリスティ、バークリーの名前を挙げて「巨匠の代表作を集めた珠玉のアンソロジー」と宣伝されている。たしかに収録作品を見ると、フィルポッツ、クリスティ、バークリーと長編作品のオールタイム・ベストなどでもよく見かける作家が並び、ノーベル賞も受賞したアメリカ文学の巨人・ヘミングウェイの名前もある。しかしその他の作家は知名度的には一段落ちるように思う。私としても『検死審問』のワイルド、『百万長者の死』のコール夫妻はかろうじて知っていた(読んだことはまだない)が、他は全く聞いたこともなかった。そういう作家、作品に巡り会えることがこういったアンソロジーの大きな大きな意義であると思う。誰もなにもしなければ遥か昔に忘れ去られていたであろう作品が(それはクリスティやバークリーも例外ではない。現代でも高い知名度があるということは誰かか取り上げ続けているということだからだ)いまもまだ生きている。これはやはり驚異的なことである。

 

『世界推理短編傑作集』シリーズも残すところあと4巻と5巻。非常に楽しみである。

 

以下、各作品についての感想を。

 

・フィルポッツ「三死人」

私立探偵事務所所員の一人称視点で語られる事件編、捜査編の1章、2章と、所長による解決編の3章という構成の作品。とてもオーソドックスな犯人当てスタイルをとっている。序盤からいかにも探偵小説といった感じで面白い。三人の死体がいかにして出現したのか、その謎解きは探偵役の手記というかたちで語られるが、緻密に組み上げられた世界観のおかげでとてもドラマチックな結末に仕上がっている。本作を読み終わって、そこそこ長めの短編ではあるが、もっともっと長い作品を読んだような感じがした。

 

・ワイルド「堕天使の冒険」

カードゲームにおけるイカサマがテーマの作品。たしかにゲームに関する専門用語なんかは意味が取りづらいきらいはあるかもしれない(私もブリッジとかポーカーは門外漢なのでゲームの様相などはさっぱりだった)がそこがわからなくても理解できるようなトリックになっているし、なにより物語が面白い。探偵役の軽妙な語り口もいい。ギャンブルを通して描かれる人間観も興味深く、最後の小切手のクダリはその傲慢さや卑俗さも含めて好きだった。

 

・クリスティ「夜鶯荘」

もうなにも言うことはない笑。クリスティだ。めちゃくちゃ面白い。語彙力が死ぬ。とにかくこれがいちばん面白かった。好きです。

 

・ジェプスン&ユーステス「茶の葉」

とある有名な密室トリックが使われている。推理小説好きでなくとも、このパターンを知っている人は多いと思う。子供向けの漫画なんかでも出てきたし。このトリックの初出はどこなんだろうかってところがとにかく気になる。時代背景などを考えると、当時はおそらくかなり新しいトリックだったのではないだろうか。その時代に読んでいたら全く違った感じを受けたんだろうなぁ。

 

・ウィン「キプロスの蜂」

医学者探偵の古典といえばソーンダイク博士ものがやはりまずは頭に浮かぶが、本作の探偵役も同様のキャラクターで、謎解きの流れなんかも似ているタイプのように思う。たしかに論理的ではあるがその他の可能性をあまりにも簡単に無視してるとしか思えない展開とか。ある意味きれいすぎるこういうタイプのプロットは個人的に好きじゃない。

 

・ロバーツ「イギリス製濾過器

このトリックは面白い。実際にこれをやっているところを想像するとなおさら面白い。飛び道具を使うタイプの密室は多くあるが、こんなのアリ? でもこういうの大好き。現代でも通じるようなアカデミックの世界への批判となっているストーリーもなかなかよかった。

 

ヘミングウェイ「殺人者」

ハメットやチャンドラー、後にハードボイルドと呼ばれるジャンルの源流となったとされるヘミングウェイ。黒ずくめの男というキャラの原型はここのあるらしい。とても短い作品で登場人物の背景などは詳しく描かれないが、まるで劇でも見ているような感じで情景がありありと浮かぶ。これは原文のリズムで読みたいとも思う。

 

・コール夫妻「窓のふくろう」

ある意味このトリックは現代の読者にはとてもわかりづらいように思う。前述のカードゲーム以上に。だってこの時代の電話がどんなだったかって知らんわ。殺害の状況はなんとなくわかったが、やはり詳細に目に浮かぶとまではいかなかった。しかしこの殺害のトリックよりも、本作のタイトルにもなっているキーワード、状況のトリックの方がメインだろう。見えているのに見えていない。このタイプのトリック、大好き。

 

・レドマン「完全犯罪」

物語の冒頭から「世界で最も偉大な」探偵が出てくるという、ちょっとブチ上げすぎじゃない? って設定からすでにトリックは始まっている。完全犯罪はいかにして達成しうるかという議論から物語は始まり、この世界で最も偉大な探偵が手がけた事件に話が移り、なんとも皮肉な展開を見せる。短いながらも効果的などんでん返しと微妙な謎が残る終わり方。とても面白かった。

 

・バークリー「偶然の審判」

ご存知『毒入りチョコレート事件』のプロトタイプ。これだけ読むとシェリンガムがわりとしっかり名探偵をしているのでちょっと腑に落ちないところはある(そこか?)。『毒入りチョコレート事件』を読んだのはもう随分と昔のことなのであまりよく覚えていないがこの短編のトリックは覚えていた。長編版も再読したいところ。