あらためまして、新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
さて皆さん、新年初読みはいかがだったでしょうか? 私が2019年の1冊目に選んだのはセイヤーズの不朽の大傑作『ナイン・テイラーズ』でした。はじめて読んだのは5年ほど前のこと。響き渡る鐘の音、大地を洗い流す水、最後の最後で明らかになる大トリック。なにもかもが衝撃的で、人生で最も好きな本のひとつになりました。それはいまも変わっていません。
今回、ただただなんとなくで再読しましたが、思えばこの時期に読むのにぴったりな本でした。大晦日の夜、雪深い寒村フェンチャーチ・セント・ポールで立ち往生したウィムジイ卿がその村の教会に古くからある鐘に出会うところから物語が始まります。第1章は80ページほどかけて事件の舞台となる村と登場人物の関係、そしてこの物語の主役である鐘について丁寧に語られます。この冒頭の部分から結末を暗示するような文章がでてきて、再読してみてあらためてよくできているなあと思った次第です。この大晦日の夜の闇の中で起きていた事態を思うと戦慄を禁じえません。
この物語にはとにかく登場人物がたくさんできてきます。そして鐘についてのウンチクもたくさん。鳴鐘術については初めて見るような日本語の概念がどんどん出てくるので少しとっつきにくいところがあるかもしれませんが、決して読みにくいわけではないと思います。セイヤーズのストーリーテリングの巧さと、魅力的な登場人物のかけあいが、読み進める手をつかんで離さないかのようです。浅羽先生の訳もとても読みやすいです。
再読してみてまず思ったのは、最初はとても複雑に思えた事件も、実は非常にシンプルなものだったということです。単純にして明快。しかしこの事件を殺人事件として見ていくとどうしてもこんがらがってしまう。なにかトリックがあるに違いないと複雑に考えれば考えるほど真相は遠ざかる。本当に見事なプロットだと思います。第2章の最後でそもそもの間違いに気づくシーンは推理小説につきもののカタストロフを感じさせてくれます。
もちろんこれで終わりではありません。全体の3分の2が終わって、ここからが圧巻の解決編です。すべての勘違いが正されていき、パズルのピースがきれいにはまっていきます。しかし最後のピースが見つからない。『ナイン・テイラーズ』において残る最後の謎は殺人の方法。どうやってその死体は殺されたのか。死因だけがわからないまま、物語はさらに時を進めていきます。
最終章のドラマチックな展開はもう素晴らしいのひとことです。冒頭から伏線として語られていた治水事業への不安が的中しフェンチャーチの村が大洪水に見舞われます。最後のアクションシーンはウィムジイ卿シリーズ第2作『雲なす証言』なんかを思い出しますね。その洪水の直後にウィムジイ卿は真相を悟ります。死因はなんだったのか。誰が殺したのか。とてもシンプルなのにずっと盲点だったトリック。再読しても最初読んだときの衝撃はまったく薄れていませんでした。なにがそこまで衝撃だったのか。単純にトリックがわからなかったというだけではなく、そのトリックが意味するものの怖さ、不気味さ。それが衝撃だったと同時に、ここまでの長い物語はこの最後のページのためにあったのかという、パズルが完成したときの達成感のような喜びを驚異をもって感じました。見えているのに見えていない。人間の闇に潜む盲点をうまく描き出した作品として本書は横溝正史『獄門島』と似ているところがあるように思います。
『ナイン・テイラーズ』では名探偵ウィムジイ卿も最後の最後まで事件に、あるいは鐘に翻弄されて、真相の解明も快刀乱麻を断つかのごとくというわけにはいかず、微妙な空気が残ります。そこがまた本書の魅力でもありますね。まだなにか解明されていないものが残っているかのような不思議な謎とき。理屈では割り切れても、割り切れないなにかがある。闇に光を当てるといっそう闇が深くなるような逆説。こういう推理小説が私は大好きなんだなあとあらためて思った次第です。
- 作者: ドロシー・L.セイヤーズ,Dorothy L. Sayers,浅羽莢子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1998/02/25
- メディア: 文庫
- クリック: 7回
- この商品を含むブログ (29件) を見る