懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

【読了】甲賀三郎『蟇屋敷の殺人』河出文庫

古い時代の探偵小説好きにはタマラナイ作品です。甲賀三郎『蟇屋敷の殺人』を読了しました。

蟇屋敷の殺人 (河出文庫)

蟇屋敷の殺人 (河出文庫)

 

甲賀三郎といえば、木々高太郎との探偵小説芸術論争であったり、探偵小説において本格や変格といった呼称を使い始めた人として、評論やら解説やらで言及されているのをよく見かける。しかしその作品となるとなかなか目にかける機会が少ないように思う。気軽に入手可能なものといえば、創元推理文庫の日本探偵小説全集の第1巻が黒岩涙香小酒井不木甲賀三郎の3人集となっており、甲賀三郎については実録犯罪小説の傑作と名高い『支倉事件』と「琥珀のパイプ」「黄鳥の嘆き」など4つの短編が収録されている。ただこれだけでは戦前に数多くの作品を残した作者を知るにはいささか物足りないようにも思う。他に近年刊行されたものでは論創ミステリ叢書の甲賀三郎探偵小説選が3冊、そして河出文庫から復刊された本書が挙げられる。

 

さて、本作についての感想を。『蟇屋敷の殺人』というタイトルからして悪趣味な探偵小説愛好家を惹きつけずにはおかない魔力を持っていると言っても過言ではないだろう。○○館の、○○家の、○○屋敷の、殺人とか惨劇とくればもうそれだけで垂涎ものである。そして冒頭、第1章「奇怪な屍体」を読んで思わず唸ってしまった。非常に魅力的な謎、怪死体、怪殺人事件。現代でも充分通用しそうな導入じゃないですか、これ?

 

東京丸の内の路上に発見された車中の首切り死体。ハンドルに頭を乗せてまるで眠っているような死体からポロリと首が落ちる演出は見事。その瞬間にいくつもの謎が立ち上がってくる。首切りといえば、死体の身元を隠すための首なしとセット(というのが現代のお約束)。しかし首が切られているだけでその他におかしなところはない。持ち物などから身元もハッキリしすぎているくらい。にもかかわらず、捜査が進むとこの死体だと思われた人物が実は生きていて、被害者はその人物の変装をしていたらしく、結局被害者の身元がわからなくなる。どんな裏があるのだろう。返す返すもなんて魅力的な謎だ。

 

といったような探偵小説趣味あふれる謎のオンパレードで読み応え満載だが、中盤以降は冒険小説のような感じになっていき、現代的な意味での本格推理小説とはかけ離れたものになっていくので(時代背景を鑑みれば当然だが)過度な期待をもって読むとツッコミどころしかないとなってしまう。けれど謎が謎を呼ぶ展開はとても劇的で最後まで飽きることなく読み通すことができる。個人的にはアルセーヌ・ルパンの長編を読んでいるような感じがしてとても面白かった。

 

冒頭に車中で死体が発見されるところとか大阪は堂島へ捜査に赴く場面とかなどは森下雨村『白骨の処女』を思い出したり、人通りの途絶えた丸の内の風景は浜尾四郎「彼は誰を殺したか」を思い出したりした。この時代の地理や風俗を垣間見ることができる点でも昔の作品はとても面白い。

 

甲賀三郎はシリーズものの探偵小説を多く書いているらしく、論創ミステリ叢書『甲賀三郎探偵小説選Ⅱ』では「気早の惣太」シリーズ、『甲賀三郎探偵小説選Ⅲ』では「弁護士・手塚龍太」シリーズが集成されているようだ。そちらも読んでみたいところである。

甲賀三郎探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)
 
甲賀三郎探偵小説選III (論創ミステリ叢書)

甲賀三郎探偵小説選III (論創ミステリ叢書)