懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

【読了】竹本健治『狂い壁 狂い窓』講談社文庫

本年のミステリ始めは竹本健治先生『狂い壁 狂い窓』。1983年に発表された本作はタイトルにもその雰囲気が滲み出しているように、ホラーミステリーともいうべきどこか妖しくも懐かしき幻想世界を満喫できる作品である。 
狂い壁 狂い窓 (講談社文庫)

狂い壁 狂い窓 (講談社文庫)

 

 

ともあれ公平に見たところ、いささか不健康な物語であるのは確かだろうが、願わくはこの種の病原体に感染する読者の多からんことを。
作者のあとがきのこの一文が本作について語るべき全てといってもいいかもしれない。喜国雅彦先生の解説(のようなもの)も畢竟するに同様のことを語っている。私はとうの昔にその種の病原体に冒された者であるからして、誘蛾燈に集まる蟲の如く本作に飛びつくのは必然であった。
 
古めかしい共同住宅「樹影荘」で続発する怪奇現象、怪事件。癖のある登場人物たち。あえて難しい漢字を多用した文体があの頃の探偵小説を思わせて心地よい。「樹影荘」の関係者の短い断章が積み重なるようなかたちで物語は進行していく。最初の方では登場人物の関連や時系列なども曖昧なため頭に入れながら読み進めるのは少し大変かもしれない。しかしそれらの配列は全て計算ずくで作られているのだろう、伏線は回収され、最終的に本格ミステリとして謎は解体される。本作はこの狂った建物に関わることで人生まで狂ってしまった者たちの物語だが、その狂った建物そのものが主人公といっても過言ではないだろう。登場人物の視点が細かに入れ替わる錯綜した構造は、読者自身も「樹影荘」の住人となって物語の世界に引き込むような効果を醸し出しているように思う。
 
さて、個人的に重要なポイントだが、本作には美少年が登場する。その名も御原響司郎。作中の描写をざっと拾うと「十四、五の少年」「濡れたような長い髪」「青白い頬」「白っぽい単衣をぞろりと着流している」「男の眼から見ても寒気のするような美しさ」というのだからもうたまりませんな。白い和服の冷たい美少年。尊い。いやあ、尊い。この少年は果たして何者か。竹本健治先生の他の作品を読んだことのある人にとっては大きな意味をもってくるかもしれない。