懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

【読了】霧舎巧『マリオネット園』講談社文庫

第12回メフィスト賞受賞作『ドッペルゲンガー宮』にはじまる《あかずの扉》研究会シリーズの第4長編にして現時点で刊行されている最新作が本書『マリオネット園』だ。最新作とはいってもノベルス版の刊行は2001年だからおよそ20年前の作品ということになる。20年前……? 個人的な感慨をいわせてもらえれば10年前くらいの感覚なのだが、10年前のメフィスト賞受賞作はといえば『図書館の魔女』などになるようで、いやはや光陰矢の如しとはこのことだ、なんていうと年齢がバレてしまう。

マリオネット園 《あかずの扉》研究会首吊塔へ (講談社文庫)

マリオネット園 《あかずの扉》研究会首吊塔へ (講談社文庫)

 

本作はシリーズ中でも最も探偵小説趣味に溢れた作品で、なおかつ最も本格推理小説としての趣向を凝らした作品であるように思う。もちろん前作までの3作品もガチガチの本格推理小説マニアを唸らせずにはおかない、お前らこういうのが好きなんだろ、こういうのが読みたいんだろという熱い想いのこもった火掻き棒で脳天をえぐられるような作品だったのは間違いない(褒め言葉ですよ。褒め言葉)。そして前作までを読んだ人なら当然わかっているはず、本作でも探偵小説のお約束のようなものが本文に入る前からバカスカ出てくる出てくる。首吊塔なんて名前はいかにも江戸川乱歩横溝正史っぽいし、カバーイラストの首吊塔の外観なんかは斜め屋敷を思い出しそうになる。目次にも歴史的な名作のタイトルやそのもじりが見えるし、巻頭には二階堂黎人『地獄の奇術師』からの引用文。控えめにいって、七回死んでも私はこういうのが大好きだ。

 

本文中でも推理小説ネタはわんさか出てくるが、そういう判る人には解るネタについてはもうなにもいうまい。そういうのが好きな人はもうとっくに読んでいるだろうから。さて、本作も事件現場のいわば内部と外部の描写が交互に積み重なるような構造をとっている。2人の名探偵の共演あるいは対決という構図がストーリーを成立させる条件となっていてまたテーマとも深く結びついている。相当緻密に練られた作品なんだなと舌を巻く思いだ。なによりシリーズそのものの設定をトリックに取り込んでいるところが私は大好きだった。シリーズ物の醍醐味だと思う。もちろんそういった部分も作中人物だけの了解事項としてではなく、読者にもわかるようにフェアなストーリー作りが成されている。

 

個人的に本シリーズの特徴だと思うのは、探偵役が序盤からきっちり推理を語ってくれるところではないだろうか。これはざっくりとした印象で他作品と比較検討したわけではないが。完全に材料が出揃って推理が構築されるまで多くを語らない探偵役が多い(もちろんこれもただの印象だが)なかで、後動悟や鳴海雄一郎はわからないところは保留としながらも考えたことをきっちり明かしてくれる。全編にわたって推理が動き続けているとでもいおうか。それが故に最後の最後の解決のインパクトが少し薄まってしまうきらいはあるものの、超然とした名探偵を観ているだけではなく、読者もある種の推理合戦に引き込むような効果を醸し出しているように思う。読者とキャラクターの距離感が近いような気もする。それもまた本シリーズの魅力だ。

 

ところで、《あかずの扉》研究会シリーズはどうやら第4長編の本作でいまのところストップしているようだ。本作では、作中に登場する「霧舎巧先生」の言葉としてだが、本作の続編と思われる『アポトーシス荘』『クロックワーク湖』なる作品名も見られる。果たしてそれらは現実のものとなるのだろうか。それとも作中の遊園地のようにはかない夢なのだろうか。《あかずの扉》研究会の面々が大好きなのでいつまでも続編を待ち続けたいものだ。