懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

【読了】伊井圭『啄木鳥探偵處』創元推理文庫

2020年春、つまり来月から始まるテレビアニメ「啄木鳥探偵處」の、本書は原作である。歌人石川啄木言語学者金田一京助のコンビが活躍する本格ミステリーの連作短編だ。第1話目の「高塔奇譚」は1996年の第3回草原推理短編賞受賞作で単行本の刊行は1999年、文庫化は2008年なのだから決して今が旬の作品というわけではないだろう。それが刊行から20年以上を経てのアニメ化だ。正直めちゃくちゃ驚いたと同時に昨今の文豪ブームを考えれば納得でもあった。納得してとにかく嬉しくなった。アニメ化企画を推してくれた人に感謝しかない、マジで。『啄木鳥探偵處』ほんまめっさ好きやねん。文ストや文アルにハマってる民の人々へ、いますぐ読んでください、お願いします。本当に最高だから。
啄木鳥探偵處 (創元推理文庫)

啄木鳥探偵處 (創元推理文庫)

  • 作者:伊井 圭
  • 発売日: 2008/11/22
  • メディア: 文庫
 

 1. 本書のあらすじ

舞台は明治42年、浅草。十二階こと凌雲閣で持ち上がった幽霊騒動の探偵に啄木と京助のコンビが乗り出す。生活に困窮している啄木は家族を養うため探偵稼業を始めたという設定。親友である京助は啄木に振り回され文句を言いつつも結局事件に巻き込まれてしまう。他に歩く活き人形、空を飛ぶ奇術師、連続幼児誘拐事件など乱歩の世界を思わせる怪奇趣味に満ちた作品が続く。いずれも怪奇現象のトリック自体は他愛のないものだが、意外な結末がハッと心を打つ本格推理小説となっている。
 

2. アニメ版との相違について

アニメ版の公式サイトを見ると啄木と京助以外にも彼らを取り巻く作家仲間が多く登場するようだが、原作では基本的に啄木と京助のふたりだけである。やはり1クールのアニメにするにはもっと主要登場人物がほしいだろうから増やしたということだろうか。この設定がストーリーにどう影響するのかとても楽しみだ。シリーズ構成の岸本卓さんは「僕だけがいない街」「ジョーカー・ゲーム」「歌舞伎町シャーロック」などミステリ系のアニメの構成・脚本も担当されてきた方だからこれはもう期待しかない。

3. 仄かに漂うBLのかほり

本書は文明開化の東京を駆けた啄木と京助、ふたりの青年の青春の物語でもある。舞台や背景の設定は史実に基づくところも多くあるが、ふたりの関係性はある程度脚色されているのだろう。穿った見方をしなくとも、京助の啄木を見る視線が親友のそれを充分逸脱しているとしか思えない描写が多く登場する。軽率に頬を染めたりする。口調の違いに嫉妬したりする。いや、友情だって一種の愛情には違いない。あからさまに言ってしまえば、カップリング反応が捗って仕方ないのだ。ホームズとワトソンで掛け算しがちな人、本当にいますぐ読んで。そしてこの物語のつらいところ。なにがって、知っている人ならわかるだろう、石川啄木と言えば早逝の天才歌人、明治45年には亡くなっているという事実がある。貧しくあり、病もあり、だんだんと痩せていくなかで探偵と続ける啄木と、友の救いにならんと事件につきあう京助。どうしようもなく哀しい人生を彼らはいかに生きたのか。作中で発生する事件もどこか物哀しい結末で、こういう人間ドラマが本シリーズの大きな読みどころだ。
 

4. 本格ミステリーとして

やはり第1話「高塔奇譚」がとにかく素晴らしい。一見するに子供騙しのような幽霊騒動というネタだが、その仕掛けはなかなか複雑で、幽霊現象そのものというより、なぜ幽霊が必要だったのかというところがトリックの本質になっている。着眼点がとても面白い。トリック自体が非常に視覚的でもあるため、アニメ向きという部分もあるだろう。しかし映像化によって文章だけだとわかりにくい(それが故に盲点となるような)登場人物の視線の動きなどが明確になったとしても、最後までネタに気づけないようなトリックでもある。アニメではどういうふうに演出してくるのか、本当に楽しみだ。