少年迷路

主として美少年と推理小説についての感想を書き並べます。

【読了】綾辻行人『びっくり館の殺人』講談社文庫

久々に、大好きな綾辻行人センセの作品を読了した。館シリーズの第8作目『びっくり館の殺人』である。以下、悪趣味な探偵小説愛好家の感想というか戯言である。
びっくり館の殺人 (講談社文庫)

びっくり館の殺人 (講談社文庫)

 
さて、長きに渡る館シリーズをここまで読んできた読者なら、まずはタイトルでびっくりするだろう。「びっくり館」て。こっちがびっくりやわ。これまでの館は全て漢字2文字の館だったのに、ここへきてひらがな、しかもユーモラス。もしかして本作はシリーズの番外編? このタイトル自体になにかトリックが? とまぁ本を開く前から妄想が止まらない。館シリーズだからね。どこにどんな罠が仕掛けてあるかわからない。
 
今回読んだのは講談社文庫版だが、本の天地や小口を見ると、なにやら黒い線がたくさん見える。パラパラめくってみると挿絵がたくさんあるではないか。ここでまたびっくり。いままでの館になかった趣向だ。ここにもなにかトリックが? どうしよう、もう読むのが怖い。
 
表紙をめくってまたびっくり。可憐な、けれどどこか不気味な人形のイラスト。もうひとつめくってびっくり。同じ人形のテイストで描かれた男の子の絵。これらがなにを意味するのか。
 
登場人物一覧表。すごくシンプルだけど、故にいろんな解釈ができる。今回はどんなトリックが? 
 
本文に入ってさらにびっくり、というかもう笑うしかない。いきなりよく知ってる名前が出てきたり。どうやら本作は主人公の小学生時代の回想という感じで描かれるらしい。もうダメ。もう無理。トリックの臭いを勝手に嗅いでしまう。時間に関するトリックだろうか? でもそれはもうやったはずだし。主人公の記憶に関するトリックだろうか? そもそも「ぼく」というのは誰なのだ? 疑い出したらキリがない。とにかく読めという話である。
 
事件が起こったのは1994年12月25日という設定。舞台は兵庫県のAから始まる某市。僕は兵庫県出身なのですぐにピンときた。約半月後に起こる大災害が物語にどう関わってくるのだろうか。
 
冒頭わずか10ページほどでもうお腹いっぱい。これだから綾辻センセ大好き。その後の展開もなにからなにまで綾辻ワールド全開。ちょいちょいミステリネタを仕込んできてるとことかも最高。海難事故? ○沼のおじいさまとおばあさま? そんなメタ的な展開? いったい何への供物なんだろう……。
 
ともあれ、最後まで疑惑の渦に翻弄されて笑い転げながら読んだわけだが、真相はとってもシンプル。かなり大胆なトリックだが、それを成立させるための世界観、物語、巧妙な叙述にもうびっくり。ホラーめいた終わり方もすごい。本作は子供向けの企画の一環として書かれたものらしく、なるほど本文の読みやすさや一部の設定にはそういう理由があったのかと後から気づいた次第。本作を読んでミステリ沼に落ちる子供もいたのだろうか。僕も小学生の頃にこういう作品を読みたかったものだ。
 

【読了】山田正紀『カムパネルラ』創元SF文庫

宮沢賢治銀河鉄道の夜』といえば、文学方面だけにとどまらずあらゆる創作ジャンルに甚大な影響を与え続けている不朽の大傑作である、というのは当たらずといえども遠からず、あながち間違ってはいないのではないか、くらいのところが僕の認識だ。回りくどい表現をしたけれど、僕も『銀河鉄道の夜』が大好きで、かなりなところ影響を蒙ったひとりである。であるからして、『銀河鉄道の夜』をモチーフにした作品、『カムパネルラ』の存在を知ったとき、迷うことなく買ったのは必然であった。
カムパネルラ (創元SF文庫)

カムパネルラ (創元SF文庫)

 

 「何度も改稿される『銀河鉄道の夜』の世界に、僕は迷い込んだ」というのが本書の帯の謳い文句だ。ここからどんな物語が想像されるかは人によって様々だろうけれど、少なくとも僕が読む前に思っていたものと本書の内容は随分と違っていた。ある意味、良くも悪くも、想像を裏切られたかたちになったわけだが、なるほど、『銀河鉄道の夜』という物語をこういう風に扱うのかと、SF的な想像力(創造力)のすごさに敬服させられっぱなしだった。

 
本書のストーリーは、名前が明らかでない16歳の主人公の「ぼく」が、宮沢賢治の故郷である花巻を訪れるところから始まる。その目的は、宮沢賢治研究家であった母親の遺骨を豊沢川に散骨するためという少々重いもの。旅の途中、彼は亡き母と、彼女の研究対象であった『銀河鉄道の夜』について回想する。ここで『銀河鉄道の夜』のストーリーが結構な量の引用とともに紹介されるので、未読の読者にとってはもちろん、既読の読者にとってもありがたい作りになっている。同時に、この物語の世界観についても少しずつ明らかになってくる。とはいえこの時点ではまだまだ謎だらけ。そして花巻に着いた主人公は、土砂降りの雨が降りしきる中で、気がついたら昭和8年宮沢賢治の死の直前にタイムスリップしていたーー。
 
しかしどうやらただ過去へと飛んだだけではないらしい。どういうわけか周囲の人たちが「ぼく」のことを「ジョバンニ」ではないかと思っていたり、本来ならまだ生きているはずの宮沢賢治が5年前に既に亡くなっていたり、とっくに亡くなったはずの賢治の妹・トシが生きていて子供を産んでいたり、物語の中の登場人物であるはずの「カムパネルラ」が殺されたり、その死体の首が切られて花巻電鉄の車両の屋根に乗せられて運ばれたり、これまた宮沢賢治の別の作品の登場人物である「風野又三郎」が探偵として登場したり。いやはや、ここに挙げたのはほんの僅かな例にすぎない。序盤の流れはまさに土砂降りの雨で増水した豊沢川の流れのごとく、怒涛の展開。宮沢賢治ファンならば、たとえそうでなくとも、圧倒され翻弄されるに違いない。実に実にわくわくするストーリーだ。序盤のカムパネルラ殺人事件は探偵小説趣味あふれる趣向が凝らされていて、ミステリ好きにとってはたまらない場面になっている。しかしこの事件が本書のメインというわけではない(ので本格ミステリを期待して本書を手に取るのはあまりオススメしない)。あくまで本書は『銀河鉄道の夜』をモチーフにしたSF小説である。ミステリ風に言うのなら、本書のトリックは、物語の使い方にある。
 
銀河鉄道の夜』にはいくつかのヴァリエーションがあって、現在一般的に知られている『銀河鉄道の夜』はその第4次稿とされるものである、というのは『銀河鉄道の夜』を読んだことがある人ならば記憶していることと思う。しかし、この『カムパネルラ』の世界において流布している『銀河鉄道の夜』は第3次稿のそれであって、第4次稿は歴史の闇に葬られてしまったらしい。本書を読み進めていくと徐々にディストピア的な世界設定が見えてくる。『カムパネルラ』の世界ではメディア管理庁なる行政機関によって厳しい言論統制が敷かれていて、『銀河鉄道の夜』が第3次稿で止まっているのもどうやら彼らの思惑があってのことらしい。『銀河鉄道の夜』のメッセージ性を極右思想と結びつけて国民の思想統制に利用するためには第3次稿が適当だったという理由だ。そのために物語が大きく変更された第4次稿はなかったことにされた、というのが本書の世界観だ。なるほど、『カムパネルラ』は、歴史修正主義や表現の規制についての危険性がなにかと話題になる現代を見事に映し出した作品だった。
 
本書『カムパネルラ』の発想が『銀河鉄道の夜』という作品の成り立ちそのものにあるのは自明のことだろう。それを現代社会が抱える表現の問題に絡めただけではないのが本書の面白いところである。『銀河鉄道の夜』はそもそも完成された作品ではない。作者の死によって未完成に終わった作品とされている。現在我々が読んで知っている『銀河鉄道の夜』は、宮沢賢治が遺した草稿をもとに、後世の研究者によって校訂され編集されたかたちでの作品である。さらに『銀河鉄道の夜』は最初期に書かれたものと最終的に推敲されたものとではその物語に大きな差異があって、少なくとも3回は大きな改稿が行われたとされる。つまり『銀河鉄道の夜』には4つのヴァリエーションがあるということだ。というように、『銀河鉄道の夜』という物語のテキスト自体が、ある意味不定形のものである。
 
銀河鉄道の夜』が最初に出版されたのは宮沢賢治の死後、1934年のこととされるが、おそらくこのときは、この作品のヴァリエーションについての研究はまだまだ進んでいなかっただろう。現在我々が気軽に入手できる『銀河鉄道の夜』のテキストは、1974年に出版された筑摩書房『校本宮沢賢治全集』を底本とするものが多く、この時点になってようやく我々が親しんでいる『銀河鉄道の夜』の最終形、即ち第4次稿のテキストが決定されたのだった。つまり『銀河鉄道の夜』という物語は、出版された時代によって、読者が読んだ年代によって、同時代に出版されたものでもどのテキストを底本としているのかによって、その内容が大きく異なるということだ。ひとつの物語、ひとつの作品であるにもかかわらず、どのテキストを読んだかによって個々人の認識が異なる可能性がある。1974年の全集以前の『銀河鉄道の夜』にはブルカニロ博士が重要な人物として登場するけれど、現在広く知られている『銀河鉄道の夜』にはブルカニロ博士は登場しない。冒頭の場面も違えば、結末も違う。物語がもつ意味やメッセージ性、解釈の幅も微妙に変わってくるだろう。『銀河鉄道の夜』の来歴については公正な学術研究のたまものであるだろうけど、あえて言ってしまえば、ひとつの作品が改竄された過程にほかならない。もちろん現実の世界においてはその研究成果は明らかにされているから問題にならないものの、『カムパネルラ』の世界のように人知れず裏側でしかも恣意的な改変が行われるとなるとこれは由々しきことだ。
 
銀河鉄道の夜』のテキストが時代によって微妙に異なるものであることは指摘した通りだとして、問題はそのテキストを読む側にあると思うのだ。多くの読者は『銀河鉄道の夜』について果たしてどこまで知っているのだろうか。僕もここまでこの記事を書いてきたが、正直言って、非常に底の浅い、いい加減な知識だけで書いているに過ぎない(かもしれない)。『銀河鉄道の夜』の1次資料を読んだことはないし、編集されたものも第4次稿しかちゃんと読んでいない(ちなみに新潮文庫というのは記憶違いで角川文庫版でした。訂正)。宮沢賢治の研究書なんかも読んだことはない。そして多くの読者も、たぶん、同じようなものではないかと思う(そうでなかったら失礼)。当然といえば当然だ。人生の時間というとてもとても限られたものを『銀河鉄道の夜』の研究にどれだけ割けるというのか。そりゃもう本職の研究者や専門の学生か熱狂的なオタクでもない限り、なかなかそんなことはしないだろう。仕事がある、生活がある、他にもいろんな趣味がある。僕らにできることといえば、せいぜい誰かが用意してくれた『銀河鉄道の夜』を読むことくらいだ。だからこそ不特定多数がインプットする情報の取り扱いについては、最大限に慎重かつ公正で、論理的かつ誠実であらねばならない。なぜなら人間は知らないことを知ることはできないし、にもかかわらずその状態で様々な判断を行わなければならないからだ。本書『カムパネルラ』が語るメッセージ性のひとつに、情報を扱うことの難しさと危うさがある。
 
ともあれ、『カムパネルラ』を読むために『銀河鉄道の夜』を知っておく必要はないだろうけど、『銀河鉄道の夜』を読んでいる方が何倍も面白いのではないかと思う。ここまで使い倒すことができる『銀河鉄道の夜』というテキストのすごさと、山田正紀という作家のすごさを存分に味わうことができるからだ。

【読了】A・A・ミルン『赤い館の秘密』創元推理文庫

創元推理文庫の創刊60周年を記念した「名作ミステリ新訳プロジェクト」の第3弾として『赤い館の秘密』の新訳版が先月発売された。作者はくまのプーさんの生みの親として有名なA・A・ミルン。戦前英米本格推理小説黄金時代の初期の代表作として、おそらく後世のミステリマニアに多大な影響を与え続けている作品だと言っても過言ではないだろう。僕としてもこの新訳版で久々の再読となったが、やはり昔に読んだものだから忘れているところも多く、新鮮な驚きとともに読むことができてとても面白かった。

 

赤い館、第四の入り口

新訳版の解説は加納朋子さんが親しみあふれる文章を書いておられる。その中で「赤い館の入り方」として三つのルートを挙げている。まずひとつに、ミルンがくまのプーさんの作者であること。プーさん好きが高じてその作者の他の作品も読んでみるというパターンである。もうひとつが、江戸川乱歩が選んだ黄金時代ベストテン。これはミステリ好きにはお馴染みのものだろう。こういったランキングを参考にしてミステリ沼にハマっていった人は多いのではと推察する次第。そして最後に、赤い館の探偵役、アントニーギリンガム金田一耕助のモデルだったという話。
 
ともあれ、未知の作品を読むに至るにはなにかしらのキッカケがあるものだ。僕はここに赤い館への第四の入り口をつけ加えたいと思う。即ち、栄光のゼロ年代にオタクライフを満喫した人なら避けては通れなかったモンスターコンテンツ「涼宮ハルヒシリーズ」に設定上登場した 長門有希の100冊 である。そう、これを参考にして読書沼に堕ちていったオタクは多いのではないだろうか。かくいう僕もその口だった。長門有希が読んだのならというミーハーこの上ない理由で赤い館に入ったのだった。そして出られなくなってしまったわけだ笑。しかしいま見てもこのリストはよくできていると思う。古典から(当時の)新作まで、本格ミステリ、SF関係の必読書がバランス良く採られている。
 

輝かしき英国田園ミステリの想い出

『赤い館の秘密』と切っても切り離せないのは英国の長閑な田園風景だろう。僕は英国には行ったことがないけれど、古典ミステリを通して英国の田園風景のイメージが自分の中にできあがっている。『月長石』『トレント最後の事件』『赤毛のレドメイン家』『牧師館の殺人』『ナイン・テイラーズ』など同様の舞台の作品が僕は大好きだ。そして赤い館の作中にも登場する田舎のレストラン兼パブ兼宿泊施設みたいなアレ、多くの作品で○○亭と訳されているアイツが特に大好きだ。日本人にとってはあまり馴染みのない商業施設だが、だからこそ異国情緒あふれる感じがして面白い。赤い館では「ジョージ亭」「仔羊亭」「鋤と馬亭」という三つの宿屋が登場する。このいかにも直訳といった感じもたまらなく好きだ。「亭」の字が田舎っぽい雰囲気を醸し出すいい仕事をしているところが大好きだ。ただ、創元推理文庫の旧版では「ジョージ旅館」「小羊旅館」「耕馬館」という風な訳になっているので、この点に関しては新訳版に軍配を上げたい。やはり英国田園ミステリには○○亭は欠かせない。ところで、この○○亭という訳を最初にしたのは誰なのだろうか。知っている方がいたらご教示願いたいところである。
 

探偵役は素人であってこそ

赤い館を語る上でもうひとつ欠かせないのは探偵小説についての作者の見解だ。創元推理文庫の旧版では冒頭に、新訳版では巻末に、作者が赤い館を書くに至った経緯と作者の探偵小説観を綴った文章が掲載されている。作者の理想とする探偵小説について、恋愛要素の是非やワトソン役のキャラクター設定などいくつかのポイントを挙げているが、この中でも探偵役は素人であってほしいという作者の好みは、後世の作品に多大な影響を与えたものと思われる。一部に強烈な語調で当時の探偵小説への不満をぶちまけてもいるこの短い文章もとても味わい深いものだ。
 
さて、たった一作にして素人探偵の代名詞となった(というと言い過ぎかな?)ギリンガムはとてもユニークで魅力的なキャラクターだ。視たものを絵のように記憶して絶対に忘れない、瞬間的な記憶力に長けたギリンガムは、その能力を遺憾なく発揮して事件の謎を追っていく。漢字に横文字をあてた能力名こそないが、現代のラノベにでも出てきそうなキャラクターである。確かS&Mシリーズの西之園萌絵も似たような設定ではなかったか。そしてワトソン役を務めるベヴァリーもまたいいキャラをしている。探偵役とワトソン役、それぞれの役割で協力しながら事件の謎解きを進めていくふたりの掛け合いも赤い館の大きな読みどころである。ギリンガムは無駄に秘密主義であったり尊大であったりしないし、助手を務めるベヴァリーの働きを率直に称賛したり、とにかく好青年だ。ベヴァリーの方もそんなギリンガムへの敬意を隠そうともしない。まったくもって仲睦まじい名コンビである。作中ではこのふたりが散歩をしながら事件について語り合うシーンが度々登場するが、新訳版の表紙はまさにそのシーンを描いたものだろう。
 

描かれざる第二の館

『赤い館の秘密』を僕が初めて読んだのは七年ほど前のことだったが、読み終わって感じたなんともいえない寂しさをいまでもハッキリと覚えている。今回再読してやはり同じような読後感を味わった。あの「くまのプーさん」の作者が書いた唯一の推理小説、それが赤い館である。つまり続編は書かれていないということだ。これほどまでに面白い物語、魅力的なキャラクター、そして彼らの次の行き先を明確に示した、いかにも続編がありそうな終わり方、でも続きはないんだよなぁ。これがミルン唯一の推理小説という情報を知らなかったら本気で続編について調べるレベル。果たして次回作の構想はあったのだろうか。トニーとビルの次なる冒険は。返す返すも、じつに寂しい。

【読了】エリー・アレグザンダー『ビール職人の醸造と推理』創元推理文庫

まずは表紙を見てほしい。これが全てを物語っている。新ジャンル、クラフトビール・ミステリーといったところだろうか。ミステリ好きかつビール好きの僕としては思わず手に取らずにはいられなかった。 

ビール職人の醸造と推理 (創元推理文庫)

ビール職人の醸造と推理 (創元推理文庫)

 

本作はアメリカに実在する田舎町を舞台としている。ワシントン州というからには、地図で見るとアメリカ合衆国の左上の端っこあたり、州都シアトルは日本人には馴染み深い名前だろうけれど、そこから車で2、3時間ほど内陸へ走ったところにある小さな町「レブンワース」。Googleマップで調べてみると確かにあった。本の中に出てきた名前もそのまま。ワナッチー川、コマーシャル・ストリート、ブラックバード島。ドイツのバイエルン地方に似た町並みで有名というのも、どうやら本作で描かれている通りらしく、検索してみると「シアトルのドイツ村」といった風に紹介しているサイトもあった。本作の設定ではクラフトビールで有名ということになっているが、その点も現実通りなのかはわからない。しかし現実のレブンワースにもブルワリーは存在するらしく、一度旅行に行って確かめてみたいと思ったり。

 

ともあれ、実際に旅行に行かずとも、本作を読むだけで充分であるかもしれない。それくらいレブンワースの町についての描写は細密だ。主人公はこの町のブルワリーで働くビール職人にして高校生になる男児の母親。彼女は夫とその両親が営むブルワリーで平穏無事な生活を送っていたが、夫の浮気が発覚してから生活が一変する。というのが物語のあらすじで、主人公の生活そのものがこの物語の中心である。だからこそ生活の場である町についての描写には力が入っているように思う。観光で訪れてもこういう風には見えないだろう。

 

作中にはビールに関して、ビール造りに関しての知識がたくさん登場する。普段は本を、あるいはミステリを読まないというビール好きの人にもオススメである。作者も謝辞で書いているように、きっちり取材した上で書かれたものらしく、ビールの醸造工程での職人のこだわりが生き生きと描かれていて面白い。また主人公は腕利きの料理人でもあって、手作りのカップケーキやコーンチャウダーなどなど、たくさんの料理も登場する。こういったところにもアメリカの田舎の生活が垣間見えるようで非常に興味深い。

 

推理小説としては、いわゆる本格ミステリのような大掛かりなトリックはないので、悪趣味な探偵小説愛好家には物足りないかもしれない。しかし、ただ単にブルワリーで殺人事件が起きただけではなく、その事件の裏側には競合するブルワリーやホップ生産者なども見え隠れしていて、ビール業界の現状を背景にしているようにも思える。序盤から伏線がきっちり張られていて、殺人事件以外のところにも魅力的な謎があって最後まで飽きることなく読むことができた。

 

思えば、海外の現代ミステリを読むのはもしかしたら初めてかもしれない。どこからを現代ミステリとするのかによって範囲は変わってくるだろうけれど、少なくとも2000年以降に書かれた作品を僕は読んだことがなかったと思う。海外のミステリに関しては専ら古典ばかりで、この作品についてもビールというキーワードがなかったら手に取ることはなかった可能性が高い。本作の続編は海外では既に発表されているらしいので、翻訳されたら是非とも手に取ってみたいと思う。

 

 

【読了】小栗虫太郎『二十世紀鉄仮面』河出文庫

来月、2019年5月上旬に、河出文庫から『法水麟太郎短編全集』という新刊の発売が予定されている。詳しい情報や書影などはまだ公開されていないようだが、おそらくKAWADEノスタルジック<探偵・怪奇・幻想シリーズ>に連なるものかと思われる。小栗虫太郎といえば「黒死館」があまりにも有名だが、名探偵・法水麟太郎が登場する作品は「黒死館」より先に4つの短編があって、これらも極上のペダントリーと非現実的なトリックのアクロバットを楽しむことができる傑作ばかりである。河出文庫からはこれまでに小栗虫太郎の長編作品が4つ(うちひとつは連作短編ともいえる『人外魔境』だが)刊行されているが、ようやく短編作品も、と思うと嬉しい限りである。

 

さて、法水麟太郎が登場する長編作品はと言えば、あの悪名高い『黒死館殺人事件』と、もうひとつが『二十世紀鉄仮面』である。

二十世紀鉄仮面 (河出文庫)

二十世紀鉄仮面 (河出文庫)

 

書かれたのは1936年で法水麟太郎シリーズとしては後期の作である。初期の作品では事件の探偵が物語の中心だったが、本作では作風の転換が図られており、探偵小説的なトリックを鏤めつつも、冒険小説風な仕上がりになっている。これまで法水麟太郎の相棒として登場してきた支倉検事なんかは冒頭にちらっと出てくる程度で、あとは法水単身で事件に巻き込まれていくところなどはシリーズの中でも異色と言えるだろう。「海峡天地会」のようなエキゾチックな世界観に目まぐるしいアクションの連続で、最後まで飽きが来ない極上のエンタメである。

 

とはいえ、全編に横溢する怪殺人事件や暗号などなど、悪趣味な探偵小説愛好家を狂喜乱舞せしめるギミックも満載で楽しい。とにかく楽しい。「紅毛傾城」を思わせる名前の暗号は最高だ。何を食べたらこんな言語センスが身につくんだろう。最後の戒名の読み方とかもう爆笑である。これだから小栗虫太郎作品が大好きなんだ。

美少年にしか目がいかない人のための春アニメ2019

 季節の変わり目ですね。毎度お世話になっているアニメ情報まとめを見ながら来季はなにを見ようかと思い迷う春先のこと。気になったものをいくつかご紹介。

 

KING OF PRISM -Shiny Seven Stars-

キンプリがいよいよTVアニメ化! 放送に先がけて編集版が劇場で公開されているのでもうすでに観たという人も多いでしょう。僕も久々に劇場で応援してきました。春アニメにふさわしく、世界をプリズムの煌めきで満たしてくれる最高の作品になっています。個人的にいちばんの見所は、タイガきゅんの、褌。

 

さらざんまい

きました。春アニメ随一のショタアニメ。ノイタミナ枠で放送のオリジナル作品。PVを見た感じ劇場アニメか何かかってくらいクオリティ高すぎでは? 近未来SF的な世界観と舞台の浅草やカッパといった和のモチーフの合わせ技、こういうの僕大好きです。「つながりたくてもつながれない」というテーマは、ネットの普及によって接続が容易になった反面、深いレベルでのつながりがないため切れるのもまた容易という現代社会を背景にしたものでしょう。SNSでの人間関係がまさにそうで、良い面悪い面いろいろありますが、この作品ではどういう風に切り取って描いていくのか、楽しみです。

 

RobiHachi

2019春アニメのダグキリ枠。来季のダークホース間違いなし? 銀魂、防衛部の高松信司監督作品となればもう期待しかない。原作の馬谷たいが氏というのは、防衛部の馬谷くらり氏となにか関係がないわけがない……? 銀河を股にかけたSFアニメのようですが内容的にはやはりギャグなのだろうか。ギャグなのだろうな。楽しみ。

 

賢者の孫

車にはねられ異世界転生、強くてニューゲーム、俺ツエー系主人公が無双というもはや様式美すら感じる現代のおとぎ話。ともあれ、主人公のシンくんがかわいい。そしてもいうひとり美少年が出てくるっぽい。アールスハイド王国の王子、アウグスト。このふたりを見るために視たいところ。

【読了】『世界推理短編傑作集4』創元推理文庫

 

江戸川乱歩が編んだ『世界短編傑作集』の新版の刊行も残すところあと1巻となった。第4巻目となる本書には1920年代末から1930年代前半に発表されたとされる9つの短編が収録されている。以下、簡単に感想を。

 

トマス・バーク「オッターモール氏の手」

意外な犯人、というと現代の読者にとっては物足りなく感じてしまうかもしれない。しかし本作の魅力はミステリというよりホラー寄りの叙述スタイルを取っているところにある。ロンドンの闇を暗躍する殺人鬼の白い手が眼前に迫ってくるラストは圧巻。

 

アーヴィン・S・コッブ「信・望・愛」

3人の脱獄囚の数奇な運命を描いた犯罪小説。キリスト教的なテーマと犯罪者を巡る社会背景を巧みに取り入れたプロットがすごい。解題でも触れられているように「短編小説の見本」のような作品である。

 

ロナルド・A・ノックス「密室の行者」

つい先日『有栖川有栖の密室大図鑑』が創元推理文庫から復刊されたが、本作はこの「大図鑑」でも紹介されている密室ものの古典である。文字通り想像の斜め上をいく大掛かりな密室トリックは悪趣味な探偵小説愛好家の大好物であること間違いなし。だけど被害者側に立ってみると、こんな死に方は絶対イヤだ。『ナイン・テイラーズ』レベルに嫌な死に方だ。

 

ダシール・ハメット『スペードという男』

長編『マルタの鷹』でおなじみの私立探偵サム・スペードが活躍する短編。ミステリとしては使い古されたと言っても過言ではないようなアリバイトリックに終始する作品だが、本作の魅力はやはりハードボイルドというスタイルにある。僕はいままでハードボイルドの長編作品をいくつか読んだが、解説などで語られるジャンルの特徴がいまいちよくわからなかった。しかしこの短編を読んでなんとなくわかったような気がする。書き出しの1文からして他の作品とは表現手法が全く異なる。それはもうエラリー・クイーンなんかと比べてみれば違いは歴然。アンソロジーはこういう楽しみ方もできるんだなと改めて思った次第。解題でも説明されているように、ハードボイルドと他ジャンルを隔てるものは文体、書き方の違いにある。本作はそのことがよくわかる短編だ。

 

ロード・ダンセイニ「二壜のソース」

独特の読後感を残すいわゆる「奇妙な味」の短編。死体を処理する方法だけに関してはたいして意外性のないトリックだが、ソースという小道具と大量の薪の謎が文字通り奇妙な味を読者に与える最上のスパイスとなっている。最後の1文は誠に忘れがたい。

 

ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」

こちらも奇妙な味ジャンルとされる作品。全体に渡って不気味な、いろいろと救いのない作品なので好みが分かれるだろう。人間のおぞましさ、欲深さ。本書のなかではこの作品の事件が最も現実でもありそうで、嫌な読後感の理由はそれかなと思った。

 

ドロシー・L・セイヤーズ「疑惑」

タイトルの通り疑惑が渦巻く物語。疑惑が晴れて疑惑が深まる結末が見事な犯罪心理小説。最初の疑惑は状況証拠や偶然の一致、心理的要因などによるものだが、最後の疑惑は科学的な実験結果によって決定づけられるというところがとても推理小説的。

 

エラリー・クイーン「いかれたお茶会の冒険」

みんな大好き『不思議の国のアリス』をモチーフにした短編。鏡のトリックのロジカルなこと、まさにエラリー・クイーン本格ミステリはいいものだ。

 

H・C・ベイリー「黄色いなめくじ」

こちらも「銀の仮面」に通じるテーマをもった作品。けれど終わり方はまだ救いがある。探偵役レジー・フォーチュン氏のキャラがとても良い。他の登場作品も読んでみたいところ。