懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

【読了】島田一男『古墳殺人事件』徳間文庫

昔の探偵小説が大好きなもので青空文庫にはよくお世話になっている。短編長編問わず作品ごとに手軽に気分次第で読むことができるので、なんとなく気になったタイトルから思わぬ出会いもままあったりする。小説作品はもちろんだが、青空文庫には探偵小説に関する批評・評論や随筆のようなものも多く入っていて、当時の探偵小説作家による探偵小説論などを読んでみるのもまた面白い。坂口安吾といえば、純文学方面の功績と同時に『不連続殺人事件』をはじめ推理小説方面においても大きな足跡を残した作家であるが、安吾の探偵小説観がよくわかる「「刺青殺人事件」を評す」という文章が青空文庫に入っていて、これもなかなか一読する価値のあるものではないかと思う。
 
『刺青殺人事件』についてはいまさら語る必要はないだろう。安吾の『不連続殺人事件』と同年に刊行された高木彬光のデビュー作にして名探偵・神津恭介の初登場作品だ。安吾は「「刺青殺人事件」を評す」において、『刺青殺人事件』をトリックの幼稚さや構成の冗漫さなどを挙げて厳しく評価しているが、トリックの論理性については高評価を与えていて、最終的には当時新人作家だった高木彬光を未来があると認めている。(この当時発表された『刺青殺人事件』は現行のバージョンとは違って、改稿前のものであることに注意したい)。
 
さて、ここまで読まれた方は、お前はいったいなにを語っているんだという人と、あぁなるほどそういうことね完全に理解したという人の2種類しかいないに違いない。「「刺青殺人事件」を評す」には安吾の探偵小説論であり新人作家へのアドバイスという側面もあって、そのなかで安吾はまずヴァン・ダインをボロクソに酷評している。なるほど安吾先生、ヴァン・ダイン作品が大嫌いなんだなぁ、なんかわかる気がする。それに対して横溝正史を絶賛していて、海外だとクリスティやクイーンを高く評価し、カーをやはりボロクソにいう。そして最終的に安吾先生の怒りは『古墳殺人事件』に飛び火する。なんで「「刺青殺人事件」を評す」で『古墳殺人事件』が出てくるのかと最初読んだときは私も爆笑したものだ。該当箇所を一部引用してみると、
 
これは、ひどすぎるよ。私にこれを読めという、宝石の記者は、まさに、こんなものを人に読ませるなんて、罪悪、犯罪ですよ。罰金をよこしなさい。罰金をよこさないと訴えるよ。(中略)古墳殺人の作者ときては、これは文章から人物の配置から、何から何まで、ヴァン・ダインの借り物じゃないか。ヴァン・ダインの頭の悪さを、更に借り物にして、いったいこのバケモノは何だろう。
 
といった具合に安吾節が炸裂しまくっている。ちょっとしたジョークとして読む分にはまぁ面白いかもしれないが、さすがにここまでいうのは不当というものだろう。ヴァン・ダイン作品だってカー作品だって『古墳殺人事件』だって読むべきところはたくさんある。もちろん安吾だってちゃんと読んでいるのだろう。だからこそ『古墳殺人事件』とヴァン・ダインを正しく結びつけているのだ。しかしその解釈はちょっと酷い(笑)。
 
『古墳殺人事件』は刺青や不連続と同年の1948年に刊行された作品だ。島田一男については社会派に分類される作品を多く残したというイメージを私は持っていたが、デビュー当初にはそれとは真逆といってもいいような、衒学趣味あふれる本格推理小説をいくつか書いている。今回私が読了したのは1990年の徳間文庫版だが、2002年に扶桑社文庫から復刊された版ではより読みやすく編集されていて、古墳の姉妹編ともいえる『錦絵殺人事件』も併録されているから、そちらの方がおすすめではある。しかし徳間文庫版ではエジプト考古学者の吉村作治先生が解説を書いておられて、作中に登場した「エジプト詩」など考古学方面の知識について踏み込んでいて大変興味深い。
 
本作の中身について。ヴァン・ダインが好きならもう間違いない。新訳の刊行を待っている間に寂しくなったらこれを読め、である。私は不連続のような作品も大好きだが、こういうのもやっぱり大好きだ。衒学趣味、いいじゃないか。借り物だっていいじゃないか。そもそも推理小説はそういうもののはずだし。謎の死を遂げた考古学者、エジプト詩を下敷きにした告訴状が語る事件の背景とは。船を模して作られた館という舞台も素晴らしい。館内が事件現場というわけではないが、もちろんこの舞台装置がトリックになっている。ある種の館ものの系譜に本作を入れることもできるだろう。
 
さて、最後になったがやはり触れておかねばならない、本作には美青年が登場する。いや、年齢的には青年ともいえるが少年といってもいいような描写がされている。やはり怪しげな美青年・美少年というのは本格推理小説を彩る至高の花である。白面の夢遊病者、酒匂曼次郎の登場シーンを引用しておく。
 
色が抜ける程白かった。無雑作にかき上げた髪が黒々としかも軟かく一際濃い眉の上にはらりと乱れかかっている。二かわ目が目立つ程の面痩せした顔に唇は紅をさしたよう。しかもその口辺には強く憂がかかっているのだ。えび茶のセーターに水色のカッターの襟を八の字にのぞかせているが、その撫で肩は弱々しく、賢子の後にだまってうつむいた襟足が抜けるように白く長い――凄い程美しい青年だった。――否、まだ少年の匂いが強く残っており、更に絶世の美少女の男装といった方が適切かもしれなかった。

 

古墳殺人事件 (徳間文庫)

古墳殺人事件 (徳間文庫)

 

 

古墳殺人事件―昭和ミステリ秘宝 (扶桑社文庫)

古墳殺人事件―昭和ミステリ秘宝 (扶桑社文庫)

  • 作者:島田 一男
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2002/11/01
  • メディア: 文庫