懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

下村明『風花島殺人事件』読了

日下三蔵先生の偉大なる仕事のひとつ、ミステリ珍本全集。悪趣味な探偵小説愛好家をうならせずにはおかないこのシリーズ、狭義のミステリーだけでなく、SF、ホラー、怪奇幻想などなど出色のエンタメを集めたものだが、その中でも最も本格推理小説寄りなのがミステリ珍本全集の第8回配本『風花島殺人事件』であろう。

風花島殺人事件 (ミステリ珍本全集08)

風花島殺人事件 (ミステリ珍本全集08)

 

 舞台は日向灘に浮かぶ孤島、風花島(ふかしま)。網元夫婦の失踪事件。台風の夜の惨劇。事件を追うのは私立探偵・葉山俊二。探偵小説好きがヨダレを垂らしそうな設定満載。田舎の離島で事件が起こるとくれば横溝正史あたりを連想せずにはおかない。

 

本作の文章量はそこまで多くはない。短い長編といったところ。事件やトリックも至ってシンプル。横溝作品によく出てくるような怪奇趣味的な味つけもなくはないがイマイチ薄い。やはり歴史に残る傑作と言うとちっとばかし言葉が過ぎるだろう。付属の月報でも山前譲先生が似たようなことを述懐されている。

 

だからといって決して面白くないわけではない。全編を通して雨の音が通奏低音のように響いている。それはうまくいかない生活を象徴するかのように。全体的に暗く重い物語だがそうばかりでもなく、最後は希望のある終わり方でよかった。個人的にとても好きだったのは探偵役の葉山と助手の麻里のコンビ。事件が島へ移ってからは麻里の出番がなくなるかもと思ったが、最後まで出てきてよかった。私の頭の中では、このふたり、FGOの龍竜コンビで再生されてました。似たような良さがあるような気がする。

 

殺人事件という野暮ったいタイトルだがその前についている風花島というのがなかなか詩的でいい雰囲気を出している。ちょっと見ただけではなんと読んだらいいのかわからないところもミステリ的でいい。その大分県風花島というのはどうやら空想の産物ではなく実在する島であるようだ。現実では漢字が違って深島。作中に登場する風物が実際にあるのかはわからないが、現在ではちょっとした南の島的な観光地にもなっている模様。猫の島としても知られているのだとか。聖地巡礼も兼ねて行ってみたいところである。

ドロシー・L・セイヤーズ『殺人は広告する』読了

ちょうど1年ほど前に『ピーター卿の事件簿』の新版が発売されたことはまだまだ記憶に新しい。ピーター・ウィムジイ卿シリーズの長編は90年代半ばから00年代初頭にかけて10作目までが創元推理文庫で出され、最終作とされる『忙しい蜜月旅行』だけはハヤカワ文庫に入っている。シリーズ中の傑作『ナイン・テイラーズ』だけはアマゾン先生で検索しても新品がヒットするが、他の長編は全て中古が出てくるばかり。おそらく絶版状態なのだろう。なんてもったいない。是非とも版を重ねてほしいものである。

 

個人的にウィムジイ卿シリーズは古典の中ではルブランのルパンシリーズと並んで最も好きなシリーズである。キャラクター、ユーモアセンス、人間ドラマ、アクション、トリック。どれをとっても最上級。いまのところ『誰の死体?』『雲なす証言』『毒を食らわば』『ナイン・テイラーズ』とつまみ読みしていてどれもこれもハズレなし。『ナイン・テイラーズ』はマイベスト10、いや、5に入れるくらい大好き。

殺人は広告する (創元推理文庫)

殺人は広告する (創元推理文庫)

 

 さて、今回読了したのはウィムジイ卿シリーズの第8長編。舞台は広告代理店。謎めいた新入社員デス・ブリードン氏が社内で発生した不審死とその背後に隠された秘密を追いかける。もちろん、このブリードンなる人物は本名がピーター・デス・ブリードン・ウィムジイ卿である貴族探偵のいわば変装で、本作ではウィムジイ卿は1人2役で探偵をするという趣向。

 

もともと、作者のセイヤーズは広告代理店に勤めていたという経歴の持ち主らしく、本作で登場するピム広報社の忙しくも賑やかで波瀾万丈に満ちた描写はとても真に迫っているように思う。生まれついての貴族であるウィムジイ卿がサラリーマンをするというギャップもとてもいい。社内の人間関係や力関係がユーモアたっぷりに描かれるのでところどころ爆笑必至。最後まで飽きさせない筆力はさすがですね。セイヤーズ作品はキャラクターの魅力が素晴らしいが、本作の登場キャラではジンジャー・ジョーがとても好きだった。個人的には防衛部シリーズの箱根有基で脳内再生されてました。絶対美少年だよ、この子。

 

殺人は広告する。読み終わってみるとこの面白いタイトルについてもいろいろと考えさせられる。「金のために嘘をつくこと」が広告の本質であるとウィムジイ卿は語る。広告とはあの手この手で商品を飾り立てて消費者を騙すもの。本作中のウィムジイ卿はブリードンの名を騙り人々を欺き、さらにその1人2役を巧みに操って博打をうつ。ウィムジイ卿自身がある種の広告となるような展開はなかなか面白い。そして、殺人。「広告にも少しは真実がある」とウィムジイ卿は言う。探偵小説における殺人も似たようなものではないかと思う。あの手この手で偽装工作、隠蔽工作が施され、あるいは施されたかのように見える殺人状況。それは見る者の多くを騙す広告のようなもの。そしてわずかばかりの証拠が真犯人を声高に宣伝しているもの。本作のタイトルにそんな意味を読むのは深読みのしすぎだろうか?

マージェリー・アリンガム『ホワイトコテージの殺人』読了

先日、高円寺のとある古本屋で雑誌「現代思想」1995年2月号【特集】メタ・ミステリーというのを見つけて衝動買いした。単に古いもので安かったからというのもある。しかし特集の内容に惹かれたというのがやはり大きい。笠井潔先生と木田元先生のミステリ談義や大森荘蔵先生、巽孝之先生、法月綸太郎先生などなど錚々たる面々のミステリ論が掲載されている。もう20年以上前の本ではあるが今読んでも面白いことは間違いない。

 

さて、今回読了したものは創元推理文庫から刊行されたマージェリー・アリンガム『ホワイトコテージの殺人』である。

ホワイトコテージの殺人 (創元推理文庫)

ホワイトコテージの殺人 (創元推理文庫)

 

 マージェリー・アリンガムという作家については、近年、同じく創元推理文庫から「キャンピオン氏の事件簿」という短編集が刊行されていて、再び脚光を浴びている作家ではあろう。彼女が活躍した時期はいわゆる推理小説の黄金時代の半ば1920年代後半から30年代。そして戦後50年代、60年代と、その死まで作品を発表されている。

 

創元推理文庫のカバーの作者紹介によると「アガサ・クリスティらと並び英国四大女流作家と称され」たらしい。なるほど、四大女流作家。そう言われるとクリスティ、セイヤーズはすぐに出てくるが、あとふたりは……。私はつい最近までマージェリー・アリンガムという作家の存在は寡聞にして知らず。もうひとりについては何をか言わんや。今回調べてみて英国女流推理作家"ビッグ4"のもうひとりナイオ・マーシュについて知ったのでそのうち読んでみたいところ。

 

ネット上で情報を調べるときに一番重宝しているサイトと言えばやはりウィキペディア先生である。推理小説関係の情報もまずはここで勉強したりしたものである。しかし日本語版ウィキペディアの「推理小説」の頁においてはマージェリー・アリンガムの名前は載っていない。「本格派推理小説」の頁にはあまり目立たないが言及されている。おそらくこれを見逃していたのだろう。ちなみにマージェリー・アリンガム個別の頁はちゃんと存在している。

 

私がマージェリー・アリンガムの存在を知ったのは英語版のウィキペディアを読んでいたときだった。日本語版のウィキペディアだとそもそも推理小説の黄金時代について個別に書かれた頁が存在しない(たぶん)。しかし英語版だとGolden Age of Detective Fictionという個別の頁がある。素晴らしいですね。まぁ、そもそも海外のものなんだから英語で調べた方が情報量が多いのは当然と言えば当然だが。で、ここで代表的な作家として頁の上の方に挙げられていて目に留まったという次第。

 

はい、前置きが長くていけない。本書『ホワイトコテージの殺人』はマージェリー・アリンガムの初長編作品で1928年に刊行されている。つまりクリスティやセイヤーズの後輩にあたり、黄金時代の代表選手、クイーンやカーより1、2年早いデビューということになる。

 

英国田園派推理小説という言葉をどこで見たのかは忘れてしまったけれど、英国田園小説とか田園ミステリとか、いろんな人にいろんな言われ方をされているらしい作品たちがある。代表的なところでは『赤毛のレドメイン家』などのフィルポッツの作品だろうか。英国の伝統的な、古き良き、懐かしき、風光明媚な田園風景が印象的な作品。この時代のミステリにもそういうのをたまによく見かけるように思う。『ホワイトコテージの殺人』はまさにそういう英国の、現代人にとっては幻想的ですらある、田園風景を舞台に幕を開ける。

 

長閑な村に佇む白亜荘=ホワイトコテージにて隣家の主人が射殺体で発見される。しかしこの被害者、尋常じゃない嫌われ者で、殺されたところで誰も同情しないどころか誰もがその死を大っぴらに喜ぶという始末。つまり容疑者全員に動機ありという厄介な状況。状況証拠だけは揃いも揃っているのに確たる物証が皆無。この謎に挑むのはワトソン役であるジェリー・チャロナー青年と探偵役は彼の父親でヤードの主任警部、人呼んで"猟犬"チャロナーことW・Tのふたりである。

 

事件の謎はこじれにこじれ、もつれにもつれて、英国から海を隔てたパリへ舞台を移す。ここで犯罪組織やらなんやらが関わってくるのはちょっと蛇足の感もなくはない。エンタメ的には面白いけれど。しかし容疑者ひとりひとりが殺人を犯す状況になかったことが様々な間接的な証拠や証言から明らかになっていくプロットは見事。そしてついに容疑者候補がいなくなって……。

 

この事件の犯人像についてはおそらく好き嫌いがわかれそうな気がするが、私はこういう作品大好き。フーダニットとしても申し分なし。解説にもあるように、推理の決め手が明示されていないところはアンフェアかもしれないが、犯人を当てることは充分に可能ではある。とても面白かった。アリンガム女史の他の作品も読んでいきたいものである。

創元推理文庫『世界推理短編傑作集1』、読了。

江戸川乱歩が編んだ世紀の必読アンソロジーが全面リニューアル」という謳い文句がオビに踊る。そう、多くの探偵小説好きがお世話になったであろう『世界短編傑作集』の改題・新カバーバージョンである。創元推理文庫さん、いい仕事しすぎでは?
 さて、旧版からの変更点は以下のようなもの。
 
・ポオ「盗まれた手紙」とドイル「赤毛組合」の2作を新たに収録。そして旧版では1巻に収録されていたバー「放心家組合」は新版では2巻へと移った。つまり7引く1足す2で新版の1巻は8作品の収録となる。
チェーホフ「安全マッチ」が原語からの直訳に。従来のものは英語からの重訳だったとのこと。
オルツィ「ダブリン事件」が深町眞理子氏による新訳に。旧版は宇野利泰氏の訳だった。また底本がエラリー・クイーンのアンソロジーだったのを初出の「ロイヤル・マガジン」へと変更とのこと。
・巻末には戸川安宣氏による新解説。
 
 新版短編傑作集においては旧版では収録が見送られていたポオやドイル、チェスタトンの作品も収録。まさに大乱歩の意志を受け継いだ完全版といったところだろうか。胸やら目頭やらいろんなところが熱くなりますね。
 
 私自身は追加作も含めて約4年ぶりくらいの再読ということとなった。忘れている部分も多くあってとても楽しめたし、そういえばこんな話だったなぁと思い出すものばかりで懐かしい気分に浸ることができた。この短編集で知った作家も多くあって、隅の老人の事件簿や思考機械の事件簿は読んだけれど、マーチン・ヒューイットの事件簿はまだ読んでいないから早く読まねばならない。いろいろなことを思い出す。続刊が楽しみである。

オンエア! イベント【この夏だけの秘密♡臨海学校】感想。

 待望のリリースから約1ヶ月が経過していよいよイベントがスタートしましたね。記念すべき初イベントはRe:Fly箱イベ。走りきった人も、そうでない人も、お疲れ様でした! ぼくとしては、ランボ、SSR、志朗くん! 最初は獲るつもりで走っていたけれど、結局星不足で失速、予想以上にハードルが高かった……。最初のイベントとはいえ容易に上位は狙えないくらいのアクティブユーザーがいる、そう思えばとても喜ばしいことではあります。
 
 さて、初イベントは海の家で最高の夏をするRe:Flyのメンバーたち。しかしどうも志朗の様子がいつもと違っていて……。思った以上に重いものを背負っていたのね、志朗くん。ほかのメンバーたちはわりとすっとぼけながらもちゃんと気づいてて陰ながら支えてて、なんて尊いの、Re:Fly……!
 
 Re:Fly。もう一度、飛べたなら――。
 ユニット名の意味を考えさせられるストーリーでした。今回は志朗くんにスポットがあたりましたが他のメンバーもいろいろありそうな予感。それでこそ青春というもの。さらに言葉で遊ぶなら、Re:FlyはReplyに通ずる、それは過去の自分への応答であり、未来の自分へのエールである。そんなユニットなのでしょう。ストーリー読んでて泣きそうでした。
 
 次回イベントはHot-Bloodメインの模様。バーナーは央太くんなので、彼がランキングボーナスのSSRなのかしら。央太くんも大好きなキャラなのでほしいけれど……。ぼくのイチオシユニットはエメ☆カレなので、彼らのイベントがくるまで待つべきか。イチオシキャラのアズがランボSSRなら本気出す。
 
 
 

鮎川哲也『ペトロフ事件』、読了。

 戦後本格推理小説の巨匠、鮎川哲也先生の長編第1作目にして鬼貫警部初登場作品。戦前の満州国、そして南満州鉄道が舞台のアリバイ崩しを主眼としたミステリーです。私自身、鬼貫警部シリーズは『黒いトランク』『憎悪の化石』『黒い白鳥』の3作を読んだことがあるだけなので、本作の舞台の時代背景が戦前でしかも満州という設定に少し驚きました。調べてみると、鮎川哲也先生、幼少期を満州は大連で過ごしたみたいで、その頃の経験を反映した作品なのかもしれませんね。作中での情景描写もなかなか細密で、全て想像で書き上げられているとは思えないくらい。遙かなる満州追体験しているような気分になれます。

ペトロフ事件 鬼貫警部事件簿―鮎川哲也コレクション (光文社文庫)

ペトロフ事件 鬼貫警部事件簿―鮎川哲也コレクション (光文社文庫)

 

  館ものの推理小説には建物の見取り図がついているように、アリバイ崩しものなら時刻表と路線図は必須アイテム。今回読んだ光文社文庫版には南満州鉄道の路線図と時刻表、それに大連とハルビンの市街図が付録されています。もうこれだけで旅をしているように気になれますね。

 とある金満家のロシア人殺害事件の謎。容疑者は被害者の親族で、もちろん動機は金。容疑者全員に動機あり、しかし同時にアリバイも完璧。さて、これをいかにして看破するか。あらすじは王道中の王道。悪趣味な探偵小説愛好家ならば、あのパターンであるか、このパターンであるかと際限なく妄想を繰り広げることになること請け合い。

 本作の特徴は、アリバイ工作というトリックの裏をかいてくるものであるところでしょうか。露骨に見えるアリバイ工作と偶然性の問題。なにげない証言に事件の本質が潜んでいたり。犯人の意外性も申し分なく、ミスリードのお手本のような作品だと思います。とてもとても面白かったです。

小栗虫太郎『紅殻駱駝の秘密』、読了。

 河出文庫がまたやってくれた! 近年、古き探偵小説を続々と復刊させているKAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ。小栗虫太郎作品は『黒死館殺人事件』『二十世紀鉄仮面』『人外魔境』に次いで4作目ですね。この時代に新しい文庫で戦前の探偵小説が読めるとは、なんという贅沢、嬉しい限りです。

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 書影はこちら。いかにもノスタルジックな蒸気機関車の写真。オビの謳い文句にもあるように、黒死館以前に書かれた1作目の長編ですね。ただ、発表されたのは黒死館の方が先のようです。

 紅殻駱駝とはいったい何なのか、あるいは何者なのか。その秘密にからむ殺人事件を追っていくのが本作の流れです。しかしそこは小栗虫太郎、すんなりとは読ませてくれないのが憎いところ笑。そもそもの事件の発端が講釈という形で語られ、次いで事件の進展が演劇という形で語られる。前半はこういった作中作のような趣向を交えつつ探偵役・尾形修平と相棒・小岩井警部の捜査が進んでいきます。まぁ面白いんだけどなかなか読みづらいのなんのって。雰囲気は抜群ですが。

 とはいえ、本作は黒死館ほど衒学に満ちているわけではなく、話の筋もわかりやすいです。もちろんそこは小栗虫太郎なので、本作の尾形修平も法水麟太郎同様の饒舌と衒学趣味を発揮してくれますのでご安心を。我々読者は「またまた、いつもの気狂い染みた論理を聴かされるのか!?」と叫んだ小岩井警部に喝采を送ることになるでしょう。それもまた小栗虫太郎作品の醍醐味ですね。