懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

【読了】梓崎優『叫びと祈り』創元推理文庫

最近は古い推理小説を読むことが多かったのですがちょっとひさしぶりに現代ミステリを。梓崎優先生のデビュー作『叫びと祈り』読了しました。 

叫びと祈り (創元推理文庫)

叫びと祈り (創元推理文庫)

 

本書は、2008年の第5回ミステリーズ!新人賞を受賞した「砂漠を走る船の道」に始まる連作短編集です。サハラ砂漠を征く商隊、スペインの巨大な風車、雪に閉ざされた修道院、伝染病の蔓延する密林などなど、現代日本の日常とはかけ離れた世界、それはまさに異世界と呼ぶべき、我々のよく知る常識や価値観の通用しない世界を舞台に、主人公である青年・斉木がミステリ趣味あふれる怪事件に巻き込まれるといった趣向の物語です。

 

本書には5つの短編が収録されていますが、最も本格ミステリ的なトリックが効いてる作品はやはり巻頭の「砂漠を走る船の道」でしょう。本当にすごかった。きれいに騙されました。砂の海のど真ん中で発生する殺人事件。極限環境というある種の密室における殺人、これだけでも非常にミステリ的においしい設定ですが、そちらばかりに気を取られていると思わぬところからこの作品のメイントリックともいうべきパンチが飛んできてKOされます。これはすごい。そのトリックに気づいた瞬間、本作のもつテーマが一気に花開く仕掛けになっています。トリックをこう使うのかとただただ呆然とするばかり。凶器に関する謎も殺人の動機も、それだけでも充分ミステリとしてよくできているのに、そのうえさらにもうひとつ……。感動しました。

 

「砂漠を走る船の道」のトリックが語るテーマ。それは視点を変えて世界を見るということ。常識や偏見や先入観を捨て去って、自分とは成り立ちを全く異にする世界の理について考えるということ。いずれの作品も自分の世界に閉じこもっているだけでは絶対に答えが見えてこないような仕掛けになっています。ミステリ的には犯人探しというよりは動機探しの方にウェイトが置かれているように思えます。奇妙な動機という探偵趣味を文化の違いという現実的な問題に絡めて描いているあたり、グローバル化によって発生するさまざまな社会問題を反映しているようにも思えます。小説は現実を映す鏡であるとはよく言ったものですが、ストーリー、トリック、テーマ、それらの使い方、合わせ方が本当にうまいなぁと。

 

また本書はただ登場人物が共通しているというだけの連作短編ではありません。物語のための物語であり、現実のための物語であり、誰かのための物語である。最後に置かれた「祈り」で、これまでの物語の存在意義がまた違った余韻を伴って再浮上してくる仕掛けになっています。物語とは語りである。本になった小説はだいたい自分ひとりで読むものですが、本書を読み終わると、まるで誰かが語って聞かせてくれたような読後感を味わうことができます。この感覚はなんなんでしょうね。シリーズものの推理小説でたまによく見るあのトリックに出会ったときの感じですね。本当に素敵な物語でした。同じ世界観でまだまだ続きが読みたいです。