懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

【読了】青崎有吾『体育館の殺人』創元推理文庫

ずっと気になっていた作品でした。青崎有吾先生『体育館の殺人』を読了しました。 

体育館の殺人 (創元推理文庫)

体育館の殺人 (創元推理文庫)

 
本書は2012年の第22回鮎川哲也賞受賞作の文庫版、青崎有吾先生のデビュー作であり、裏染天馬が探偵役として活躍するシリーズの第1作目です。宣伝文句に踊る「平成のエラリー・クイーン」との二つ名から推して知るに、古典黄金期本格推理小説の強い影響のもと成立した作品なのだろうと大いに期待していたものです。
 
その期待はまず、宣伝文を読まずとも、タイトルから得られるものでもあります。体育館の殺人。なんて、上手いんだろう。○○館の殺人あるいは殺人事件といえば、黒死館の昔から定番中の定番のタイトル。○○館の、○○家の、○○屋敷の、○○院の、○○荘の、○○城の、殺人とか惨劇とか類例は枚挙に暇がありませんね。言うまでもなく新本格のハジマリとされるあの作品を筆頭に悪趣味な探偵小説愛好家を惹きつけずにはおかない魔法のタイトルです。ただ、だいたいにおいてその館の名称は一風変わった不思議な響きを残すものだったり時代がかったものだったりするのがお約束。しかし本作はなんと「体育館」。どこにでもある。誰でも知っている。けれど確かに「館」である。ここに「殺人」とつけるだけで推理小説になってしまう。もうこれだけでちょっとしたトリックのようなものを感じますね。ありきたりだけれど、インパクトはすごい。
 
そして副題。「The Black Umbrella Mystery」。ここでまたニヤリ。なるほど平成のエラリー・クイーンか。どんな謎を魅せてくれるのだろう。いやが上にも期待が高まりますね。登場人物一覧表。20人をゆうに超えるキャラクターの大半はどうやら高校生。学校が舞台なのだからこれくらい出てくるのは当然ですね。推理小説を読むと毎度のことながらこの登場人物表が覚えられない。さらに目次。いかにも散文的な章題が並んでいますが物好きが読めばもうこれだけで爆笑必至。「読者への挑戦」という扇動的な文言も見える。様式美とはこのことだ。続いて舞台となる学校と事件現場である体育館の見取り図。事件を可視化してくれる便利ツール。目を皿のようにして眺め頭に叩き込みます。
 
さて、まだ最初の1文にすらたどり着いていないのにもう充分満喫してしまったように思えます。ここでもう本を閉じてもいいくらい。しかしまだ幕が上がってすらいない。いや、本作風にいえば幕が下りないと事は始まらない。とにかく読めという話である。
 
プロローグ。だいたい推理小説の前口上なんてよく判らないもの。背景がわからない、人物の顔も見えないのだから当然といえば当然。本作のプロローグもコリン・デクスターばりによく判らないと思いましたが、これがないと始まらないというところもありますね。なにやら陰謀の臭いというやつ。
 
第1章から本編の始まり。舞台は学校、体育館。本作に登場する大人は一部の教師と警察関係者くらいのものでキャラクターの大半は高校生であり、物語も彼らの視点で進行していきます。まさに学園青春ミステリ。しかし回りくどい導入なんかはなくて、いきなり殺人事件が持ち上がるところはやはり本格ミステリです。ただその短い中にも物語の主人公たる少年少女たちのキャラクターが生き生きと描かれていて読みやすさの助けになっています。
 
例えば、本作の冒頭において事件の最有力容疑者とされてしまう卓球部部長・佐川奈緒に関する描写。
才気煥発にして知勇兼備。質実剛健にして自由闊達。かといって猪突猛進かというとそうでもなく、冷静沈着な面もあり、もっと端的に四字熟語で表すと“練習熱心”だろうか。
なにやら国語のテストめいた四字熟語を連発する描写はなんとなく素人臭いようにも思えますが、最終的に「練習熱心」に落ち着くところに作者の力量が現れていますね。非日常的な四字熟語から一気に日常世界に引き戻して佐川奈緒のキャラクターをより身近で印象的なものにしています。上手いなぁ。
 
冒頭から何人もの少年少女が舞台に上がり、同時に事件も進行していきます。最後まで読めば冒頭からいくつもの伏線が張られていることが解りますが、最初は物語の陰に隠れて見えているはずのものが見えてこない。非常に巧妙にできています。キャラクターの造形に、ストーリーの展開に、密室や偽装工作といったミステリーでは定番のギミックの陰に、本作の真相は潜んでいます。
 
論理と謎解きを重視する本格推理小説の醍醐味は冒頭から満載です。探偵役・裏染天馬が登場する第2章までの約90ページの中でまず警察側の推理が一見盤石な論理のもとに構築されていきます。そして名探偵、と思わせてアニメオタクの駄目人間・裏染天馬(このキャラクター造形もズルい笑)が劇的かつ残念に登場するやいなや、警察側の論理がコッパ・ミジンに吹き飛びます。ここにおいて副題となっている「黒い傘の謎」の意図が明確になってきます。さて、ここまででも既に良質の短編を1本読んだかのような満足感が得られますが、本格推理小説の醍醐味、どんでん返しはここからです。
 
読者がどういった読み方をするか、その裏を書いていくのが推理小説のトリックの本質でありますが、本作の前半の展開は長い推理小説の歴史の中で蓄積され継承されてきた探偵小説趣味といったようなものを逆手に取ったトリックだと私には読めました。何が面白いって、推理小説に登場する警察役といえばアンチ推理小説を地で行くキャラであることが多いわけですが、冒頭の警察側の推理は体育館の密室状況をすんなりを受け入れた上に構築されるというまるで推理小説の読者のようなことをやっています。確かに、現実的な推理ではありますが、この体育館の密室はよくある個室なんかの密室とは違ってあまりにも広い。これを単純な密室と即断するのはどちらかといえば悪趣味な推理小説マニア的で警察側の役割ではない。しかしこれを警察側の推理に採用するあたりが面白い。
 
と、まぁ、これ以上書いていくとネタバレになりそうなので事件の本筋に関してはもうなにも……。探偵役・裏染天馬の登場以降は推理小説的なお約束もきっちり踏まえたストーリー展開で面白いの一言に尽きますが、一部の読者、つまり裏染天馬の趣味に共感しがちな残念な読者にとってはまた違った面白さが待っています。例えば、各章の中のさらに細かな節のタイトル。「俺の妹がアンフェアすぎて困る」「生徒会役員共」「君の知らない物語」などなどといったパロディだったりそのまんまだったり、実際内容とピッタリなんだから上手いやらズルいやら笑。もちろん本文中にもネタ満載です。そうだね。生徒会で会計で椎名なのになんで下の名前がってなるよね。役員共と見せかけて生存ネタ。こういうの大好きです。っていうか懐かしいな、もはや。
 
エピローグ。またもや陰謀の臭い。でもここまでやってこそ本格推理小説。やっぱりこういうのがないとね。最後のセリフで裏染天馬のキャラがますます好きになりました。正統派というよりはちょっとどころじゃなくひねくれている探偵役が私は大好きです。続編を読むのが楽しみです。