懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

【読了】『世界推理短編傑作集4』創元推理文庫

 

江戸川乱歩が編んだ『世界短編傑作集』の新版の刊行も残すところあと1巻となった。第4巻目となる本書には1920年代末から1930年代前半に発表されたとされる9つの短編が収録されている。以下、簡単に感想を。

 

トマス・バーク「オッターモール氏の手」

意外な犯人、というと現代の読者にとっては物足りなく感じてしまうかもしれない。しかし本作の魅力はミステリというよりホラー寄りの叙述スタイルを取っているところにある。ロンドンの闇を暗躍する殺人鬼の白い手が眼前に迫ってくるラストは圧巻。

 

アーヴィン・S・コッブ「信・望・愛」

3人の脱獄囚の数奇な運命を描いた犯罪小説。キリスト教的なテーマと犯罪者を巡る社会背景を巧みに取り入れたプロットがすごい。解題でも触れられているように「短編小説の見本」のような作品である。

 

ロナルド・A・ノックス「密室の行者」

つい先日『有栖川有栖の密室大図鑑』が創元推理文庫から復刊されたが、本作はこの「大図鑑」でも紹介されている密室ものの古典である。文字通り想像の斜め上をいく大掛かりな密室トリックは悪趣味な探偵小説愛好家の大好物であること間違いなし。だけど被害者側に立ってみると、こんな死に方は絶対イヤだ。『ナイン・テイラーズ』レベルに嫌な死に方だ。

 

ダシール・ハメット『スペードという男』

長編『マルタの鷹』でおなじみの私立探偵サム・スペードが活躍する短編。ミステリとしては使い古されたと言っても過言ではないようなアリバイトリックに終始する作品だが、本作の魅力はやはりハードボイルドというスタイルにある。僕はいままでハードボイルドの長編作品をいくつか読んだが、解説などで語られるジャンルの特徴がいまいちよくわからなかった。しかしこの短編を読んでなんとなくわかったような気がする。書き出しの1文からして他の作品とは表現手法が全く異なる。それはもうエラリー・クイーンなんかと比べてみれば違いは歴然。アンソロジーはこういう楽しみ方もできるんだなと改めて思った次第。解題でも説明されているように、ハードボイルドと他ジャンルを隔てるものは文体、書き方の違いにある。本作はそのことがよくわかる短編だ。

 

ロード・ダンセイニ「二壜のソース」

独特の読後感を残すいわゆる「奇妙な味」の短編。死体を処理する方法だけに関してはたいして意外性のないトリックだが、ソースという小道具と大量の薪の謎が文字通り奇妙な味を読者に与える最上のスパイスとなっている。最後の1文は誠に忘れがたい。

 

ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」

こちらも奇妙な味ジャンルとされる作品。全体に渡って不気味な、いろいろと救いのない作品なので好みが分かれるだろう。人間のおぞましさ、欲深さ。本書のなかではこの作品の事件が最も現実でもありそうで、嫌な読後感の理由はそれかなと思った。

 

ドロシー・L・セイヤーズ「疑惑」

タイトルの通り疑惑が渦巻く物語。疑惑が晴れて疑惑が深まる結末が見事な犯罪心理小説。最初の疑惑は状況証拠や偶然の一致、心理的要因などによるものだが、最後の疑惑は科学的な実験結果によって決定づけられるというところがとても推理小説的。

 

エラリー・クイーン「いかれたお茶会の冒険」

みんな大好き『不思議の国のアリス』をモチーフにした短編。鏡のトリックのロジカルなこと、まさにエラリー・クイーン本格ミステリはいいものだ。

 

H・C・ベイリー「黄色いなめくじ」

こちらも「銀の仮面」に通じるテーマをもった作品。けれど終わり方はまだ救いがある。探偵役レジー・フォーチュン氏のキャラがとても良い。他の登場作品も読んでみたいところ。