懐風堂日誌

同人サークル・少年迷路主宰 五戸燈火の日記

【読了】仁木悦子『私の大好きな探偵』ポプラ文庫ピュアフル

推理小説の過去の名作を知りたいとき、手っ取り早いのは長く続いている賞の受賞作・候補作一覧を参照することだろう。江戸川乱歩賞もその歴史は長く、第3回からは公募した長編小説から選ばれるようになり、推理小説ジャンルの新人賞的な位置づけとなっている。その実質的な初受賞作品となったのが仁木悦子『猫は知っていた』。1957年に刊行された作品だから、もう60年以上も昔の作品ということになる。こういう古い作品が新しい文庫本として復刊されて読むことができるというのは本当に嬉しいことだ。ポプラ文庫ピュアフルから復刊された仁木兄妹シリーズは長編『猫は知っていた』『林の中の家』『棘のある樹』の3作品と、短編集である『私の大好きな探偵』の4冊が現在までに刊行されている。

 

 1. 収録作品について

本書には仁木兄妹が活躍する短編小説が5編収録されている。各作品と発表年は以下の通り。
1957年「黄色い花」
1958年「灰色の手袋」「赤い痕」
1961年「みどりの香炉」
1971年「ただ一つの物語」
最も古い作品は「黄色い花」で、これは雑誌への掲載が『猫は知っていた』よりも早いから、実質的な仁木兄妹の初登場作品ということになる。初期の頃の4作品はいずれも論理的な謎解きが主眼の短編だ。ひとつだけ時期が新しい「ただ一つの物語」は兄の雄太郎が登場せず、推理ゲーム的な謎解き要素も薄いが、本書を最初から読み通すと、きっと胸を打つに違いない素敵な物語となっている。
 

2. 仁木兄妹について

収録作品はいずれも主人公・仁木悦子の一人称視点で書かれている。探偵役の兄・雄太郎は大人しそうでいて植物全般に目がないマイペースな奇人変人タイプ。妹・悦子の方はワトソン役かと思いきや、こちらも探偵好きで自分の推理を披露したりするから、ダブル探偵ものといってもいいかもしれない。本書の面白いところは、収録作品の掲載順が発表年順ではなく仁木兄妹の設定上の年齢順になっているところだ。仁木兄妹の中学時代の物語である「みどりの香炉」が巻頭を飾り、「黄色い花」「灰色の手袋」「赤い痕」「ただ一つの物語」という具合である。「ただ一つの物語」に至っては悦子が2児の母となっているから、短い中に世代を超える時間が凝縮されている。仁木兄妹の成長物語としてもとても面白いし、素敵な編集方針だとちょっと感動してしまった。
 

3. トリックについて

本書の中では「黄色い花」が最も本格推理小説として優れていると思う。植物博士という雄太郎の設定とトリックの有機的な結びつきが素晴らしい。しかし本作で使われるトリックは一言で言い表せるものではなく、メインとなる黄色い花の一般的ではない特徴に終始せず、登場人物の動きや小道具、その細部に至るまで綿密な計算の上に成り立っていて、丁寧に伏線が張られている。決して事件そのものは猟奇的であったりあからさまに不可解であったりするわけではないのだが、些細な事実を謎として演出し論理的な解決へと導く叙述の巧さが光っている。ミステリーの謎は派手である必要はないと教えてくれる、教科書のような作品である。奇抜なトリックの作品も面白いのだが、平凡ながらも堅牢な論理性で読者を魅了してくれる、そういう推理小説は本当に良いものだ。